第7章

川崎慎之介は間抜けな顔で立ち尽くしていた。周防浅奈は苛立ちを隠せない。

「下に降りて。邪魔しないでってば」

そう言うと周防浅奈は先に歩き出し、川崎慎之介はすぐについて行った。

彼の視線は目の前の少女を追い続ける。清純で美しく、どこか冷ややかな気品があり、見ているだけで胸が高鳴る。

彼女を作るなら断然こういう子だ。誰が周防浅奈なんか選ぶかよ。

彼は唇を舐め、小声で呟いた。

「近藤も水臭いな、こんな美人を囲ってたなんて」

昨日、周防浅奈が逃げ出すと聞いて、川崎慎之介はずっと近藤永一を探していた。

だが電話には出ず、婚約パーティーの会場にもいない。

一晩中探し回り、ようやく伊東忠成に電話して近藤永一が帰宅していることを知り、周防浅奈がまた何をしでかしたのか問い詰めにきたのだ。

近藤永一のあの不気味な「初恋の人」を思うと、身震いがする。

周防浅奈とかいう女と、目の前の美女じゃ比べ物にならない。

彼の視線を感じ、周防浅奈は不機嫌そうに振り返った。

「いつまで見てるの?」

「美人さん、いつからあいつと一緒なんだ? 前は見なかったけど、新しい彼女?」

川崎慎之介は興味津々で、興奮を隠せない口調だ。

彼女じゃなければ、近藤永一の寝室に自由に出入りなどできない。命が惜しくないなら別だが。

多くの女が近藤永一のベッドを狙い、悲惨な末路を辿った。

この美女が無傷で寝室から出てきて、しかもこんな口を利けるなら、間違いなく彼女だ。

もう近藤永一が女幽霊の写真を見てぼんやりする姿を見なくて済むと思うと、川崎慎之介は空気が美味しく感じられた。

周防浅奈は馬鹿を見る目で彼を見た。

川崎慎之介は彼女の小学生時代の姿を知っているはずだ。今はそれが等身大になっただけで、ほとんど変わっていない。数年会わないうちに若年性認知症にでもなったのか?

川崎慎之介がさらに何か言おうとしたが、周防浅奈は無視してキッチンへ向かった。

「忠成おじさん、食事の用意は?」

伊東忠成とキッチンの使用人たちは、再び幽霊を見る目で周防浅奈を見た。使用人のほとんどは彼女だと認識できていない。

伊東忠成は周防浅奈の高校時代の姿を知っていたため、すぐに気づいた。

「まだです。何を召し上がりますか?」

周防浅奈は真剣に脳腫瘍患者に適した食事を考えた。

「サーモン、鶏肉、野菜サラダとナッツを用意して。あと野菜スープも」

彼女は冷蔵庫を開けた。中には彼女の好きなスナック菓子が詰まっている。

「今後、これらは家に置かないで。彼に高糖質の食べ物はダメ。缶詰も全部捨てて。家のお酒は全部鍵をかけて」

周防浅奈の祖母は有名な漢方医だったが、結婚後は夫の事業を支えることに専念し、医業からは離れていた。

そして主治医が言及した漢方の名家・蘆澤家とは、周防浅奈の祖母の実家だ。

幼い頃から祖母について育った彼女は、見様見真似で漢方の知識を持っていた。少なくとも近藤永一の体調管理くらいはできる。

伊東忠成は彼女を見て、目頭を熱くした。

「はい、承知いたしました。すぐに手配します」

彼は冷蔵庫のお菓子を未練がましく見た。

「これらも全部ですか?」

「そう、家に高糖質のものを置いちゃダメ」

周防浅奈は真剣に頷いた。

「彼は今、科学的なケアが必要なの。献立を書くから、その通りに用意して」

伊東忠成は何度も頷き、心に安堵が広がった。

昨日、近藤永一に抱きかかえられて戻ってきた時、また一騒動あると思っていた。

まさか周防浅奈が騒ぐどころか、近藤永一を気遣い始めるとは。

彼は二階の寝室を見上げた。若様もようやく報われる時が来たようだ。

周防浅奈は紙とペンを取り、真剣に三日分の献立を書き出した。

そして伊東忠成を見た。

「忠成おじさん、彼の最近の検査報告書をちょうだい。詳細なやつ」

「はい、はい、すぐに」

伊東忠成は慌てて近藤永一のカルテを取りに行った。

検査報告書を見た周防浅奈の表情が曇った。

近藤永一の数値はどれも境界値にある。昨日木島若凪に盛られた薬が神経に影響していないか心配だ。

彼女の深刻な表情を見て、川崎慎之介がつい尋ねた。

「近藤、マジでやばいのか?」

「死ぬならあんたが先よ」

周防浅奈は彼を睨みつけ、解毒を助ける処方を書いて伊東忠成に渡した。

「忠成おじさん、血液検査の手配をして。あと誰かに薬を買ってこさせて。信頼できる人にね」

「血液検査? 近藤様は……」

「私の言うことなら聞くわ」

周防浅奈はペンを置き、少しも悪びれる様子はない。

「美人さん、すげえな。そんなことまでわかるのか?」

川崎慎之介は目の前の少女にさらに好感を持った。

近藤永一のような性格には、こういう気配りのできる子が合う。少し冷たいが、有能な人間に気性の荒さはつきものだ。

あの周防浅奈を思い出し、川崎慎之介は鼻を鳴らした。

「あの周防浅奈より一万倍マシだ」

そう言われ、周防浅奈は首を傾げた。

「本当に?」

「ああ、絶対だ!」

ようやく相手にしてもらえて、川崎慎之介は口元を緩めた。

「結婚するならやっぱりこういう優しくて家庭的な子だよな。何よりあいつを愛してる。じゃなきゃここまで細かくできないだろ?」

「周防浅奈は細かくないの?」

周防浅奈はまた尋ねた。

川崎慎之介は口を尖らせた。

「あいつ? あいつと気配りは無縁だね」

「知らないだろうけど、あいつは吸血鬼だよ。あいつの血を吸って、近藤時弥とかいう詐欺師に貢いでるんだ。本当、救いようのない馬鹿だよ」

「あんな女、嫁どころか友達にも向かない。友達になったら骨までしゃぶられるぞ」

この話題になると川崎慎之介の怒りは収まらない。

「周防家は今や底なし沼だ。周防浅奈を助ける奴はみんな不幸になる。あんたもあいつに言っといてくれ、金をドブに捨てるなって」

周防家の話題になり、周防浅奈は緊張した。

両親が死ぬ前、周防グループの経営は苦しかったが、バランスは保っていたはずだ。プロジェクトさえ続けば問題なかった。

どうして川崎慎之介の口からは「底なし沼」なんて言葉が出るの?

彼女は怪しまれないように尋ねた。

「不動産プロジェクトの周防グループのこと?」

川崎慎之介は彼女に気づいておらず、興味を持たれたと思って話し始めた。

「そう、あの周防浅奈の家の周防グループだ。デカい会社に見えるけど、中身はスカスカさ。最大のプロジェクトで問題が起きて、資金繰りがショート寸前だ。倒産以外に道はないね」

「そんなに深刻なの?」

周防浅奈は声を震わせないよう努めた。

前世でも会社は倒産した。詳細を知れば会社を救えるかもしれない。

川崎慎之介は軽薄に見えるが、川崎家と周防家は不動産業界のライバルであり、彼の方が事情に詳しいはずだ。

川崎慎之介は口を歪めた。

「まあ、深刻と言えば深刻だし、そうでもないと言えばそうでもない」

周防浅奈は眉をひそめた。川崎慎之介は本当にうっとうしい。まともに話せないのか。

だが周防グループに関わることだ、彼女は我慢して優しく尋ねた。

「永一も少し話してくれたわ。資金注入すれば問題ないって。彼が嘘をついたってこと?」

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