第8章
「いやいや、嘘ついてないよ」川崎慎之介は首を横に振り、最後にはため息をついた。「あいつが話したなら、あんたは身内ってことだな。なら教えてもいいか」
「政策の変更があって、周防家が取得した土地の手続きに小さな不備があったんだ。提出時に誰かが故意に問題のある資料を隠蔽した。これがマズかった」
川崎慎之介の説明を聞きながら、周防浅奈は拳を固く握りしめた。
前世で経験したこととほぼ同じだ。プロジェクト用地の権利関係で裁判になり、最後の署名一つが足りなかった。問題自体は大したことないが、資料の隠蔽は虚偽報告になる。
今、上が調査に乗り出し、周防浅奈が逃げ出せば会社の責任者が不在となり、プロジェクトは当然停止する。
「周防浅奈はなんであいつと結婚すると思う? 家を助けてもらうためだろ?」
川崎慎之介は鼻を鳴らした。
「婚約さえすれば、連中もあいつの顔を立てて、些細なミスを追求したりしない。じゃなきゃ第一継承者の周防浅奈が代表として、刑務所行きだ」
刑務所行き?
周防浅奈の頭の中が混乱した。
そうだったのか、そういうことだったのか!
前世では、近藤永一が両親の葬儀で求婚してきたことを非道だと思い、自分の気持ちなど無視していると恨んでいた。その後のレイプでさらに憎悪した。
自分が会社の継承者であり、会社の問題はすべて自分の責任になるなど考えもしなかった。
前世では会社を近藤時弥に全権委任していた。彼女は刑務所には入らなかったが、会社は消滅した。
原来、近藤時弥の狙いはこれだったのか。
彼女を連れて駆け落ちに成功すれば、彼女は捜査から逃亡したことになり、会社は大打撃を受ける。
彼女は指名手配犯となり、待っているのは重刑のみ。
周防家のプロジェクトは数十億が動いている。捕まれば一生出てこられない。
その時、彼女が会社を譲渡すれば、それは合法的であり、近藤時弥は何も知らなかったと言い逃れできる。
犯罪者は彼女一人。近藤時弥はただ彼女を連れて「駆け落ち」しただけ。
彼は逆に、周防浅奈に脅されて駆け落ちした、周防グループのトラブルなど知らなかったと主張することさえできる。
彼は無傷で、周防浅奈だけが無限の牢獄へ落ちる。
たとえ駆け落ちが失敗しても、彼女に譲渡契約書にサインさせれば、会社はやはり彼の手に入る。
近藤永一は周防浅奈を守るため、近藤時弥の小細工を見て見ぬふりをしたのだろう。彼の目には、周防浅奈が自らすべてを近藤時弥に捧げたように映っていたはずだ。愛する女のために、彼女の愛人が周防グループを奪うのを甘受したのだ。
近藤永一の資産は周防グループを遥かに凌駕する。そんなはした金などどうでもよかったのだ。
だが前世の近藤時弥は現状に満足せず、さらに多くを求め、彼女を骨の髄まで利用し、近藤永一から会社を奪おうとした。
そして彼女は、変態たちの玩具にされたのだ!
憎悪が全身を駆け巡り、周防浅奈の身体が震えた。
バンッ!
二階の寝室のドアが乱暴に開けられ、近藤永一大股で階段を駆け下りてきた。そのまま外へ飛び出そうとする。
今の彼の視界は灰色で、何も見えていない。
目覚めた時、周防浅奈がいなかった。彼は直感的に、彼女が近藤時弥と駆け落ちしたのだと思った。
二人が手を繋いでいた光景を思い出し、近藤永一の瞳は赤く染まる。近藤時弥の手を切り落とし、二度と彼女に触れられないようにしてやりたい!
「永一!」
背後から周防浅奈の声がした。近藤永一は足を止め、機械のように振り返った。彼女を見た瞬間、瞳の殺気が消え、柔らかな光だけが残った。
近藤永一は駆け寄り、彼女を強く抱きしめた。
彼は周防浅奈の匂いを嗅いだ。きつい香水の匂いも、化粧品の匂いもしない。周防浅奈自身の香りだけだ。
その香りが彼を急速に冷静にさせ、顔に笑みが戻った。
「お二人さん、あのー、ここに人がいるんですけど!」
川崎慎之介が二人の横に立ち、気まずそうに言った。
近藤永一は周防浅奈を離し、冷ややかに彼を一瞥した。
「何しに来た」
「何しにって、お前が生きてるか見に来たんだよ!」
川崎慎之介は彼を睨みつけた。こいつは本当に女優先だな。
「彼女にはデレデレで、友達には氷の山かよ。近藤永一、お前にそんな二面性があったとはな」
川崎慎之介は腕を組み、説明を求めるように彼を見た。
「言えよ、いつからこの美女と付き合ってんだ?」
「黙れ」
近藤永一の声には脅しが含まれていた。
川崎慎之介も怯まず、むしろ頷いた。
「もっと早くこういう彼女を見つけるべきだったんだよ。あの周防浅奈よりずっといい」
近藤永一の殺気立った視線を感じ、川崎慎之介は慌てて咳払いをした。
「もう言わねえよ。忠成おじさん、飯まだ? 腹減ったんだけど」
彼はキッチンへ逃げ込んだ。
この近藤永一は怖すぎる。幼馴染でも耐えられない。
数分後、伊東忠成が料理を並べ、わざわざ付け加えた。
「これらはすべて周防さんが、あなたの病状を考慮して特別にご用意させたものです」
近藤永一は意外そうに周防浅奈を見た。
周防浅奈は微笑み、彼にサーモンを取り分けた。
「良質なタンパク質と不飽和脂肪酸をたくさん摂って。あとで血液検査もするから。もう病気にならないで、ね?」
「ああ」
近藤永一は周防浅奈の箸ごとサーモンを口に入れ、笑顔で食べた。
向かいの川崎慎之介は死にそうな顔をしている。
なんというか、今の近藤永一はまるで忠実な大型犬だ。そう、彼女には従順だが、他人の喉笛を噛み切る猛獣だ。
近藤永一が承諾したのを見て、周防浅奈は伊東忠成に目配せし、すぐに誰かが医療箱を持ってきた。
「近藤様、周防さんがお身体を心配して、血液検査をしたいと」
伊東忠成はおそるおそる近藤永一を見た。
彼は検査を嫌がり、健康診断のたびに全員が臨戦態勢になる。
近藤永一は周防浅奈を見た。周防浅奈は少し顔を赤らめた。
「体内に薬が残ってないか見たいだけ」
最後の方は声が小さくなった。
昨日あれだけ狂ったように五、六回もしたのだから薬は抜けているはずだが、脳に影響がないか心配だった。
彼女の赤い顔を見て、近藤永一は袖をまくり上げた。
「わかった」
採血が終わると、周防浅奈は慌てて止血綿を押さえ、心配そうな顔をした。
川崎慎之介が不思議そうに彼女を見た。
「あんたも『周防』なのか?」
「どうしたの?」
周防浅奈が顔を上げる。
「いや、同じ周防姓でも、ブスは性格もブスだが、周防さんは生まれつき美人だなって。周防浅奈はブスで色黒で馬鹿で、悪いところ全部集めたような奴だからさ」
「ブス? 色黒?」
周防浅奈は鼻で笑った。
川崎慎之介は意味がわからず彼女を見た。
「美人さん、俺は事実を言ってるんだよ。あいつは本当に死ぬほどブスだ。俺たちみたいな生まれつきの美男美女とは違う」
彼は髪をかき上げ、周防浅奈にウインクした。
周防浅奈は吹き出した。
「誰かさんは一昨年、事故にかこつけて二重整形したくせに。帰国して『ママ似になった』って言い張ってたけど、二十四歳で二重になる遺伝なんてある?」
「お、お前……は?」
川崎慎之介は目を見開き、言語機能を失ったように立ち尽くした。
これらの秘密は親友数人しか知らない。あんなことを話すのは、あの女幽霊くらいだ。
彼は周防浅奈を指差し、しばらくしてようやく掠れた声で尋ねた。
「お前が周防浅奈? 嘘だろ?」
