第2章

 二週間前。

 ブルックリンの路地裏。キャンベル・ファミリーとルーチェス・ファミリーの銃撃戦は最高潮に達していた。私は大型ゴミ箱の陰に身を潜め、銃を構えてアーサーの背後を援護していた。

「アーサー!」

 だが、激しい銃撃戦の最中、その喧騒を切り裂くように悲鳴が響き渡った。ルーチェス・ファミリーの姫君、ヴィヴィアンだ。防弾車の中に隠れているはずの彼女が、どういうわけか、銃弾の飛び交うど真ん中へとふらふらと歩み出てきたのだ。

 その悲鳴のせいで、アーサーの居場所が一瞬にして敵に露呈してしまった。

 二階の窓からルーチェス側の銃手が身を乗り出し、その銃口をアーサーの背中へとピタリと狙い定めているのが見えた。私は勢いよく立ち上がり、銃を振り向けて引き金を絞った。

 ――ダァン!

 だが、私が発砲したのと全く同じ瞬間、ヴィヴィアンがアーサーに向かって身を投げ出し、私の射線の端へとよろめき込んできたのだ。

 銃弾が彼女の肩をかすめる。直後、私の放った二発目の弾丸は、狙撃手の頭部を鮮やかに撃ち抜いていた。

「ヴィヴィアン!」アーサーが怒りに満ちた咆哮を上げた。

 彼は遮蔽物を蹴立てるようにして飛び出し、彼女の元へと駆け寄った。

 ボスのその姿に双方の構成員たちが釘付けになり、激しかった銃撃戦が嘘のようにピタリと止んだ。

 私も前へと歩み出た。だがそこで目にしたのは、アーサーの腕の中にすっぽりと収まり、怪我をしていない方の手で彼のシャツをきつく握りしめるヴィヴィアンの姿だった。

「アーサー……あなたが、無事なら……」

 そう言い残し、彼女はぐったりと気を失った。

 アーサーは血走った目で、彼女の体をきつく抱きしめた。

 そこへ、ヴィヴィアンの父親でありルーチェス・ファミリーの首領でもある男が、部下を引き連れて血相を変えて乗り込んできた。

「腕を少しかすっただけよ」私は淡々と告げた。

 老ルーチェスは蛇のような憎悪の視線を私に突き刺した。

「ヴィヴィアンは幼い頃、母親が目の前で血を流して死んでいくのを見ている。それ以来、あの子は血に対して深刻なトラウマを抱えているのだ。血を見れば気を失い、時には記憶さえ失ってしまうほどにな。アーサーよ、我々ファミリー同士が血を流し合うのはマフィアの避けられぬ業だが、何の罪もない私の娘を巻き込むとはどういうことだ? これは明らかに一線を越えているぞ!」

 アーサーの腕に力がこもり、ヴィヴィアンを抱きしめるその腕に青筋が浮かび上がる。ゆっくりと顔を上げた彼は、まるで罪人でも見るかのような冷酷な目で私を睨みつけた。

「両ファミリーの和平のため、そしてヴィヴィアンへの償いとして――」

「エレナの身柄は、処罰のためにルーチェス・ファミリーへ引き渡す。目には目を、だ」

「は……?」私は自分の耳を疑った。

「何を言っているの、アーサー? 私はあなたを助けようとしたのよ! あの子が勝手に飛び出してきたんじゃない!」

「黙れ、エレナ!」アーサーが声を荒らげた。彼はヴィヴィアンを大事そうに抱きかかえながら立ち上がる。

「君の父親は君に何を教えた?『マフィアは街の平和と秩序を保ち、法の及ばない場所で正義を執行するために存在する』だろう。それなのに、君はその最も基本的な理念すら投げ捨てて、丸腰の、か弱い少女を撃ち抜いたというのか!」

「違う、私は――」

 弁解しようとしたが、すでにルーチェスの構成員たちが私に飛びかかってきていた。顔面から容赦なくアスファルトに叩きつけられる。鈍く、おぞましい骨の砕ける音が響き――私の右腕が折られた。

 アーサーは意識を失ったヴィヴィアンを抱きかかえたまま、車へと向かう。その間、彼は一度たりとも振り返ろうとはしなかった。

 その後、私はルーチェス邸の地下室へと無造作に放り込まれた。

 まる四日間、水一滴、食べ物一口すら与えられなかった。あるのは、終わりの見えない暴力と罵声だけ。

 私は歯を食いしばって耐え抜き、あの一瞬に何が起きたのか、真実を説明しようと必死に声を振り絞った。誤解さえ解ければ、アーサーが必ず私を助けに来てくれると信じていたからだ。

 そして、五日目。老ルーチェスもついに痺れを切らしたらしかった。彼は私の目の前でアーサーに電話をかけ、私を連れ戻す気があるのかと問い質した。

 だが、電話口から聞こえてきたのはヴィヴィアンの声だった。

『アーサーなら、今はとっても忙しいの。私の包帯を、彼自身の手で替えてくれているところだから。とてもそっちには行けそうにないわ』

 スピーカー越しに、彼女に優しく薬を飲むよう宥めるアーサーの甘い囁きまでもが聞こえてきた。

『ねえアーサー、お父様が、エレナを連れ戻す気があるかどうかって聞いてるわ』ヴィヴィアンが甘ったるい声で伝言する。

 少しの沈黙の後、氷のように冷たく、感情の欠落したアーサーの声が響いた。

『エレナには、父親の理念を守るということを心底思い知るまで、そこに留まってもらうと伝えてくれ。自分が何の過ちを犯したのかも理解できないようなら、彼女にキャンベルの名を背負う資格はない。ましてや、俺の妻になる資格など到底ない。そのまま置いておけ』

 ツー、ツー、ツー……。

 通話は、無情にも切断された。

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