第1章 吊るされた妊婦の妻

御堂結奈は、腹の奥を引きずり落とされるような鈍痛と、肌を擦られる刺すような痛みで目を覚ました。

自分が――御堂邸本館の外、樹齢百年のオークに、ひどく屈辱的な格好のまま吊るされていると気づくまでに、数秒とかからなかった。

妊娠八か月の身体は完全に裸。ざらついた登山用ロープが、地上三メートルの空中で彼女を固定している。深秋の朝露は骨まで冷やし、肌は青ざめ、震えが止まらない。

「起きたか」

下から、低く冷え切った声。

御堂結奈は硬直した首をどうにか動かし、見下ろした――

御堂斗真が、木の下の籐編みのソファに悠々と腰を下ろしていた。手には湯気の立つブラックコーヒー。

「斗真……」御堂結奈の声は掠れ、割れていた。「……降ろして……お願い……」

「焦るな」御堂斗真はゆっくりと一口すすり、「まだ三十分だ。妊娠中は運動が必要だって言ってたろ。こうやって吊っておくのも、胎児にはいいんじゃないか」

天気の話でもするような口調だった。

御堂結奈の目に涙が一気に溢れる。「私……あなたの子を……八か月も……どうして……!」

「俺の子を孕んでる自覚はあるんだな?」御堂斗真は小さく笑う。その笑いに温度はない。「結奈、七、八人の男に順番に抱かせてくれって懇願してたとき、腹の中の子のことは考えなかったのか」

彼女の身体がびくりと震えた。耳を疑うほど下卑た言葉。

御堂斗真は、彼女のスマホから、いくつもの動画を見つけていた。

画面の中の彼女は、孕腹を突き出し、脚を大きく開いている。太い男根が膣を出入りし、別の男たちが妊娠で異様に張った乳房を揉みしだき、力任せに弄ぶたびに乳が跳ねた。さらに別の男が妊娠中のお腹を舐め回し、彼女の手には誰のものとも知れぬ男根がそれぞれ握られている。身体中に精液がべっとりと付着し、画面は淫靡で滑稽なほど狂っていた。

「……あれは偽造よ……風見雪音が――」

「また雪音か」御堂斗真が遮り、目が冷たく沈む。「八か月前、俺のベッドに潜り込んだときも『誰かに薬を盛られた』って言った。今度はスマホの中のあの醜いものまで『雪音の捏造』か」

コーヒーカップを置き、彼は彼女の真下まで歩いてきた。唇の端に、残酷な弧。

「結奈、俺が信じると思うか」

屋敷の使用人たちは遠巻きに立ち、俯いたまま近寄れない。執事は御堂斗真の三歩後ろで、目も心も伏せている。

――そりゃ、信じるはずがない。御堂斗真にとって風見雪音は、幼い頃から一緒に育ち、身を寄せ合い、何度も命を救ってくれた存在だ。そんな女が腹黒く残忍な売女だなんて。

「違う……本当に違うの……」御堂結奈は、半年以上、何度も何度も繰り返した言葉を、また絶望のまま吐いた。「あの夜は……罠に嵌められたの……」

その瞬間、空気が凍りつく。

「そうか?」御堂斗真の顔から最後の表情が消え、声だけがやけに柔らかい。「じゃあ御堂怜央が記者を連れて現れて、『お前は俺にレイプされた』って騒いだのも、罠か?」

そして吐き捨てるように続けた。

「お前、本当にあいつが好きで犬みたいだな。あいつが一言言えば、尻を突き出して俺に抱かせる」

御堂結奈の目に痛みが滲む。「黙って……!」

御堂斗真は冷笑し、指を鳴らした。

白衣の医師が二人、医療バッグを提えて駆け寄り、その後ろに助産師が三人続く。彼らは木の下で素早く滅菌シートを敷き、器具を並べる。動きは訓練されていた。

御堂結奈の瞳孔が縮む。「……なにを……する気……?」

「刺激が好きなんだろ」御堂斗真は再びソファに戻り、脚を優雅に組んだ。「ここで産め。野外分娩だ。胎児が自然に近づけて、いいこと尽くめだろ」

「いや――!」御堂結奈の叫びが空を裂く。「御堂斗真! 狂ってる! こんなの私も子どもも死ぬ!」

「死ぬ?」御堂斗真は眉を上げた。「それはお前にとって都合がいいな」

医師に顎をしゃくる。「始めろ。麻酔は要らない。この後、雪音が薬を飲む。麻酔で薬の効果がなくなったら困る」

医師が顔を歪めた。「御堂さん、奥様は胎位は正常ですが、この吊った姿勢では分娩は――少なくとも降ろさなければ――」

「吊ったまま産ませろ」御堂斗真の声は断定だった。「吊られて遊ぶのが好きなんだろ。叶えてやる」

御堂結奈は朦朧とした意識の隙間で考えた。麻酔と風見雪音に、いったい何の関係があるの? 薬って何? どうして薬の効果が――

思考は次の陣痛で叩き潰された。今までのどれより激しく、腹を裂く波。

御堂結奈は痛みに身体を折り、ロープが肉に深く食い込む。

「破水!」助産師の叫び。

温かな液体が太腿の内側を伝い、滅菌シートへぽたり、ぽたりと落ちていく。

さらに襲う陣痛。意識が飛びそうになる。

子どもが出てくる。身体が生きたまま裂かれる感覚に、獣のような咆哮が漏れた。

「胎児の頭が見えた! 奥様、いきんで! いきんで!」

御堂結奈は掌に爪を食い込ませ、血が指の隙間から滴るほど力を絞り出す。視界が暗くなり、耳に残るのは自分の荒い息と、崩れ落ちそうな心臓の狂乱。

「御堂さん、このままじゃだめです! 出てこない。胎児が窒息します!」医師は汗だくだった。

御堂斗真は、痛みで歪む御堂結奈の顔を数秒見つめ――

「降ろせ」

ロープが解かれ、御堂結奈は糸の切れた操り人形のように落ち、医師と助産師に受け止められて滅菌シートに横たえられた。

安堵を味わう暇もない。次の陣痛でまた叫ぶ。

身体が完全に開かれ、子どもの頭が産道を押し広げるのがはっきりわかる。

「見えた! もう一度、いきんで!」

御堂結奈は命の最後の火を絞り、裂けるような咆哮を上げた――

か細い産声。

「男の子です!」

御堂斗真が歩み寄る。助産師が赤子を抱え、見せようとする。御堂斗真は、御堂結奈の下半身から目を背けるようにして嫌悪を滲ませ、命じた。

「処理しろ」

そう言って背を向けた、そのズボンの裾を、弱々しく誰かが掴んだ。

御堂結奈が最後の力で問う。「……処理って……なに……?」

御堂斗真は口元を歪めた。

「結奈、まさか俺が、こんな子を育てるために生ませたとでも思ったか? 雑種を」

「雪音の心臓病には、生きた赤ん坊の心臓が薬に要る。……そうじゃなけりゃ、お前はとっくに御堂怜央と一緒に死んでた」

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