第155章 君たちはただ婚約しただけだ

江島結奈は、ちらりと彼女を見た。

「H市の坂井家の方です」そう言って、店員は続ける。「最近こちらへ越してこられた、お隣の方で」

落合瑞希の瞳に、ぱっと好奇の光が灯った。

H市の坂井家――全国に名が通る大富豪。表に出ることは少なく、北嶺市で姿を見かけることも滅多にない。

「……隣の部屋に?」瑞希は店員に尋ねた。

店員はうなずく。

「はい。坂井さんが『江島さんが入られたのが見えたので、お邪魔はしなかった。ただ、せっかく同じ店でお会いしたのだから、挨拶だけでも』と」

江島結奈は一秒だけ黙り――それから、ふっと笑った。

「坂井さんにお礼を伝えてください」結奈は言う。「それと……もしよ...

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