第280章 自分の口を慎む

 北村隆夫は、妻である北村奥様——中村純子を愛してはいなかった。当時、あるっぴきのならない事情により、彼女を娶らざるを得なかったに過ぎない。

 結婚後の二人は、互いに干渉せず、礼節を持って接する「相敬如賓」といえば聞こえはいいが、息子の北村辰ら兄弟が生まれてからは、単なる「寝室を共にする友人」といった関係に落ち着いていた。

 北村隆夫は実直な男だ。妻に対して特別な愛情こそ抱いていなかったものの、外で女性関係の醜聞を起こすようなこともなく、妻としての体面だけは守り続けていた。

 だが、長年連れ添ってきても、関係はそこ止まりだった。

 これまでに、彼女へ贈り物をしたことなど一度もない。

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