第3章
真希視点
「ダメだ。これじゃうまくいかない」
潤の声は穏やかだけど、その下に潜む棘が感じ取れた。
五日目。私たちは砕けた鏡でできたインスタレーション、『間の空間』のデザイン仕様書の前に立っている。
「どうして?」私は努めて平静を装う。「松野玲奈の作品は、去年受賞したものでしょう」
「受賞したのは知ってる」彼は私を見ない。「ダメだと言ってるのは、あまりに個人的すぎるからだ」
「個人的?」私は眉をひそめる。「潤、アートって個人的なものでしょう。それがすべてじゃない」
「だからこそ使えないんだ」彼は私の方を向いた。「このインスタレーションは、中央に立つと自分がバラバラに砕けて見える。でも、二人が特定の場所に立つと、鏡が組み合わさって一つの完璧な像を映し出す。一人のときは断片、二人でいると一つになる」
「ええ」と私は言う。「断絶と繋がりを探求しているのよ」
「美大の講義みたいな説明はやめろ」彼の顎に力が入る。「真希、どうしてこの作品なんだ? 他にもいくらでもある中で、なぜこれを選んだ?」
彼が私の名前を呼んだ。
心臓が跳ねる。
「テーマに合ってるから」と私は答える。「テクノロジーとアート、破壊と再構築」
「嘘をつくな」
「ついてないわ」
「私たちのことだから選んだんだろう」彼の声が低くなる。「違うか?」
部屋が静まり返った。
「……なんて傲慢な人」自分の声が聞こえた。「すべてがあなたの話だと思うなんて」
「違うのか?」彼は笑いそうになる。「じゃあ、君の『亀裂』展はどうなんだ? あの破壊と修復、金で継がれたひび割れ。あれが何を意味するのか、私が分からないとでも思ったか?」
「アートよ」
「非難だ」彼は一歩近づく。「君は、誰かに傷つけられ、壊されて、今、自分を元に戻そうとしているんだと、周りのみんなに言ってるんだ」
「だとしたら何だっていうの?」熱いものが胸に込み上げてくる。「私にはそれを表現する権利があるわ」
「だが、君は決して口に出さない!」彼の声が荒くなる。「いつもそうだ。アートの陰に、プロとしての仮面の裏に隠れる。何一つ、直接向き合おうとしない!」
「何にだって?」私はもう叫びそうだった。「あのパフォーマンスで、あなたが元カノを慰めるのを見ていたことに向き合えと? 私には一度も見せなかった優しさで、彼女に接していたことに?」
「彼女は結婚するって言ったんだ!」潤が叫ぶ。「私が打ちのめされて、引き止めようとすると思って泣いたんだ。だが私はしなかった! 何とも思ってなかったからだ!」
私は完全に動きを止めた。
「……え?」
「千尋はあの夜、海外にいるダンスパートナーと婚約したと告げた。振付師の誰かだ」彼の声が震えている。「彼女は罪悪感を覚えていた。私たちは結ばれる運命だと思い込んでいたからな。だが、私が感じたのは安堵だけだった」
喉が詰まる。
「安堵したんだ」彼は続ける。「ようやく、芝居をやめられるからだ。彼女が戻ってきたことに意味があるふりも、まだ気持ちが残っているふりもやめられる。だが、私がそれを説明する前に、君が離婚を切り出した」
「じゃあ、どうして追いかけてきてくれなかったの?」私の声がひび割れる。「どうして、話してくれなかったの?」
「だって君は、あんなに冷静だったじゃないか!」彼の目は赤い。「まるで不採算案件を処理するように『契約を終了しましょう』と言った。私たちの結婚は、君にとってはただのビジネスなんだと思った」
「冷静じゃ、なかった」言葉がほとんど出てこない。「私は、ボロボロだった」
潤が呆然と見つめる。
「あの夜」私は続ける。「平静を装うのに、全力を尽くしたの。私は十五歳の時から、感情を隠すように訓練されてきた。それが青木家のやり方だから。ギャラリーの跡継ぎは、アートの前で泣かない。クライアントの前で自制心を失わない。誰にも弱みを見せない」
涙が私の頬を伝った。
「だから家に帰って、あのドレスを脱いで、化粧を落として、台本を読むみたいにあの言葉を口にしたの。でも、心の中では」私の声が途切れる。「死にそうだった」
彼の表情が崩れる。
「真希」
「あなたが離婚に同意した後、寝室に行ったの。壁にかかっていたあの抽象画を見て、私があなたに無理やり掛けさせた絵。それで気づいたのよ。私たちの結婚生活の中で、あなたが本当に私のために折れてくれたのは、たぶんあの時だけだったって」
「あの時だけじゃない」彼の声はかろうじて聞き取れる程度だった。「私はしょっちゅう折れてた。君が気づかなかっただけだ」
「だって、言ってくれなかったから」
「言い方が分からないんだ」彼は目を閉じる。「私はこういうのが下手なんだ。言葉も、感情も、全部。分かるのはデータとロジックだけだ。行動で示せば十分だと思ってた。でも、違ったんだ」
「今日はもう終わりだ」潤はコートを掴む。「帰る」
私が返事をする前に、彼はドアから出て行った。
背後でドアがバタンと閉まる。
中村知子が、呆然とした顔で倉庫から現れた。「村上さんの話、持ち出したのね」
「ええ」私は椅子にどさりと座る。「馬鹿なことしたわ」
彼女は私の肩に触れる。「でも、お互い、ようやくそれについて話す必要があったのかもしれないわよ」
「今となっては関係ない」
彼女はため息をついて鞄を手に取った。「あまり遅くまで残らないようにね。戸締りお願い」
彼女が帰ると、ギャラリーは静まり返った。
私は暗闇の中に座り、あのデザイン仕様書をじっと見つめていた。
潤の言う通りだった。私がこの作品を選んだのは、私たちのことだからだ。
一人では、壊れている。二人一緒なら、一つになる。
でも、その二人がもう離れ離れになってしまったらどうなるの? もう、あの場所を見つけられなくなってしまったら?
午前二時、携帯が震えた。セキュリティアラート――侵入検知。
事態を完全に把握する前に、私は車に乗り込んでいた。
ギャラリーのドアを押し開けると、すべての照明が煌々とついていた。
『間の空間』がフロアの真ん中に立っていた。デザインのモックアップじゃない。本物のインスタレーションが、完全に組み上がっている。鏡、照明、構造全体が。
潤がその中央にいて、周りには工具や破れた梱包材が散らばっていた。
私が入っていくと、彼は顔を上げた。その目は腫れ上がり、赤くなっていた。
「君の言う通りだった」彼の声はひどくかすれていた。「私はずっと、怖かったんだ」
私は戸口から動けなかった。
「千尋を愛したことなんて一度もなかったと認めるのが怖かった」彼はごくりと唾を飲み込む。「ずっと、君を愛していたと」
涙がどっと溢れ出す。
「でも、それをどう伝えればいいのか分からないんだ」彼の声は震えている。「アートが理解できないのと同じで。私には数字とシステムと仕事しか分からない。だから、もしかしたら学べるんじゃないかと思った」
彼は周りのインスタレーションを指し示す。
「正しい場所に立つ方法を。君と一緒に、何かを一つにする方法を」
彼は私をまっすぐに見つめ、すべてをさらけ出していた。「でも、もし私に教える気がないなら、それでもいい。私はもう、何度もこれを台無しにしてきたから」
何を言えばいいの?
背を向ける? 立ち去る? 自分を守る?
でも、私の足はもう動いていた。
私はインスタレーションの中に足を踏み入れ、あの特定の場所の一つを見つけた。
周りの鏡の中で、私の姿が何十もの破片に砕け散る。それぞれの断片が、涙に濡れた私の顔を違う角度から映し出していた。
「もう一つの場所は、あそこよ」私は静かに言った。「来る?」
彼の目に何かが揺らぐ。希望、かもしれない。
彼はゆっくりと二つ目の場所へ移動する。
彼が所定の位置に足を踏み入れた瞬間、すべてが変わった。
鏡の破片が突然一直線に並び、私たち二人を一つの完璧な像として映し出した。
共に立っている。
一つになった壊れたガラスの中に、完璧に捉えられている。
私たちは二人とも、自分たちの姿を見つめていた。
どちらも、その沈黙を破らなかった。
