第3章

 五年後。

 目の傷は結局まともに癒えることなく、私は完全に失明した。もう二度と、絵を描くことはできない。生活の糧を得る術を失った私は、最終的にホームレスの保護施設へと身を寄せることになった。

 施設の古びて傷だらけのラジオからは、経済ニュースが流れていた。

「本日、エス市のIT大手『スターデプス』が正式に株式上場を果たしました。創業者の悠真氏は、これでフォーブスの世界長者番付に名を連ねることとなり……」

 ――悠真。

 かつてあの農場で、私の傍で必死に生にしがみついていたあの少年。視力を失ってもなお、私に仕送りを続けてくれたあの人は今、世界の頂点に立っている。一方の私は、保護施設でただ死を待つだけの、盲目の女に成り下がっていた。

「みんな、一列に並んで! 今日はエス市の篤志家の方々が、冬用の支援物資を配りに来てくださったぞ!」ボランティアのスタッフが叫ぶ声に、私は思考から引き戻された。白杖を探り当てると、群衆と共に足元をふらつかせながら前へと進み出た。

 その時、部屋の中がふいに静まり返った。

「一番悲惨な境遇だという盲目の女は、こいつか?」私の頭上から、男の声が降ってきた。

 全身がびくっと震え、思わず白杖を取り落としそうになった。

 その声は……あまりにも彼に似すぎていた。

 だが、私はすぐにその考えを打ち消した。馬鹿げている。

 今や悠真はIT業界の寵児となり、高級車や上流階級の令嬢たちに囲まれているはずだ。そんな彼が、どうしてこんなホームレスの保護施設なんかに現れるというのか。

「はい」とボランティアが答えた。

「彼女は孤児でして。以前は天才的な画家だったと聞いていますが、今はもう両目とも完全に潰れてしまっています」

「まあ、悠真ったら。見てよ、あんなに薄汚れてるわ」聞き覚えのある女の声が割って入った。

 里奈だ。何年も前、あの街角で悠真の顔についた泥を拭ってやった、あの女。

 ならば、その隣にいる男は間違いなく悠真だ。

 私は本能的に一歩後ずさると、襟元に顔を隠そうとした。

 気づかれただろうか? あの時、彼に私を諦めさせ、無事に手術を受けさせるために、私は嘘をついた。華やかな女子大生のサークルに入って、毎晩パーティーを開き、金持ちの男たちと遊び歩いているのだと。

 彼は、私がこんな目に遭って当然だと思っているだろうか? 金目当ての薄情な女には、お似合いの末路だと。

「かつては才能ある画家だったそうだな」悠真の足音が近づいてくる。

「スターデプスは最近、医療慈善基金を設立してね。俺が角膜移植の費用を出して、また目が見えるようにしてやってもいい」

 私は勢いよく顔を上げ、何も見えない虚ろな両目を彼の声がする方へと向けた。

 気づいているの? 私を哀れんでいるの? それとも、ただ見ず知らずの他人に慈善の施しを与えようとしているだけ?

「あんたはただ、膝をついてこのコーヒーを拭き取るだけでいいのよ」里奈が、耳障りな嘲笑を漏らした。

「何百万もする手術を受けるんだから、それなりの誠意を見せるべきでしょう?」

 煮えたぎるような熱いコーヒーが私の足元にぶちまけられ、靴に染み込んだ。

 私はぐっと歯を食いしばった。かつてないほどの屈辱が波のように押し寄せてくる。それでも、私はどうしても目が見えるようになりたかった。もう一度、絵を描きたい。いや、それ以上に――ほんの一度でいいから、この目で彼を見たかった。

 膝をつこうと手探りしたその時、大きくて冷たい手が突如として私の手首をきつく掴んだ。

 悠真は私を強引に立ち上がらせ、自分の胸元へと引き寄せた。

 そして、二人だけにしか聞こえないような低く押し殺した声で、一言一言、噛み含めるように尋ねた。

「答えてみろ。あのきらびやかなパーティーや、金持ちの優男たちを選んだことを――盲目だった負け犬の俺を捨てたことを、今は後悔しているか?」

 胸の奥で、心臓がぎゅっと締め付けられた。

 気づいていた。彼は最初から、私だと気づいていたのだ。

 この慈善イベントも、この気前の良さも、すべては周到に仕組まれた復讐劇に過ぎなかった。

 彼は、私という見栄っ張りで冷酷な女に、自分がどれほど愚かな選択をしたのかを思い知らせたかったのだ。

 真実を叫びたかった。決してあなたを裏切ってなどいないと。私の父親が常軌を逸していたのだと。私が嘘をついたのは、ただあなたの重荷になりたくなかったからなのだと。

 しかしその時、傍らから里奈の満足げな小さな笑い声が聞こえてきた。

 その瞬間、私は悟った。

 今の悠真には、輝かしい未来がある。

 そして、彼の傍に寄り添い続けた里奈が、今も共にいるのだ。

 もしここで真実を告げれば、彼を深い罪悪感の底に沈め、必死に築き上げた人生を台無しにしてしまうだけだ。

 だから私は、喉の奥に込み上げる痛みを飲み込み、できる限りの冷たい声で答えた。

「いいえ。後悔なんてしていないわ」

 私の手首を掴む手に、ギリッと強い力が込められた。

「そうか。それは重畳だ」悠真はそう吐き捨てると、私の手を乱暴に振り払った。

「最高の医者を手配して、手術を受けさせてやる。お前がかつて見捨てたゴミクズが、今や絶対にお前には手の届かない存在になったという事実を、その両目でとくと見せてやるためにな」

 カツカツという鋭いヒールの音と、重々しい革靴の足音が、急速に遠ざかっていった。

 私は床に崩れ落ち、引き裂かれるような痛みに堪えるように胸をかきむしった。

 だが私には知る由もなかった。悠真が保護施設を出たその瞬間、自身の専属医に電話をかけていたことなど。

「予定通り、手術の準備を進めろ」彼は冷酷に命じた。

「だが、彼女が希望に胸を膨らませて手術室に運ばれたその瞬間に、すべてを中止しろ。天国から地獄へ真っ逆さまに落ちるのがどういう気分か、あの女に思い知らせてやるんだ」

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