第163章

『吉崎直子って子だ』

『吉崎直子さん……?』給仕は眉を寄せ、記憶を手繰るように首を傾げた。『すみません……あまり、覚えがなくて』

その答えに、羽島浩介の胸がすとんと落ちる。

――もう、帰ったのか?

だが、吉崎直子がそんな真似をするとは思えない。あまりにも「土壇場で逃げた」みたいで、彼女らしくない。

それに羽島お爺さんにも何も言わずに去るだろうか。浩介の知る彼女は、身の程も空気も読める。衝動で動くタイプじゃない。

『あ、そうだ。思い出しました』給仕が急に呼び止めた。『たぶん三十分くらい前に、吉崎さんが二階の花嫁控室のほうへ行くのを見た気がします』

その瞬間、羽島浩介の心臓がどくん...

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