第78章

その言葉を聞いた瞬間、吉崎直子の動きがぴたりと止まった。脳裏に浮かんだのは、二つの穏やかな笑顔。

あの優しい老夫婦を思い出した途端、奥歯がぎり、と鳴るほど噛み締められる。声色まで、鋭く冷えきった。

「……何時」

その譲歩を察したのだろう。電話の向こうで、吉崎広峰が満足げに笑う気配がした。

「6時半だ。あまり遅れるなよ。みんな待ってる」

通話が切れたあとも、吉崎直子の顔色はますます冴えなかった。

どれほど時間が経ったのか。やがて、扉の外からこんこんとノックの音が響く。

その音で、ようやく彼女は意識を現実へ引き戻した。表情はいつもの静けさを取り戻している。きゅっと結ばれた紅い唇だけ...

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