第79章

稲垣栄作がH市へ飛び、車が環宇ホテルに到着したのは夜の9時だった。

ネオンが輝く夜。

そんな夜は、優しく心を揺さぶる。

稲垣栄作が黒い高級車から降りると、すぐに並んで散歩する美しいカップルの姿が目に入った。

彼の妻と、別の男。

初冬の夜、彼女はキャメル色のカシミアコートを纏い、黒い長髪が肩に少し波打ちながら流れ、この夜にさらなる浪漫を添えていた。彼女の表情は穏やかで、どこか楽しげですらあった。特に松本裕樹と話すとき、彼女の眼差しは真剣だった。

彼を見るときのような、冷たさはなかった。

稲垣栄作は気品ある立ち姿で、ホテルの中庭に立ち、時計に目をやった。

夕方に写真を見たのは6時...

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