第29章

安井綺世(やすい・あやせ)はグラスを握る手にぐっと力を込めた。口元に浮かべていた淡い笑みは見る見るうちに消え失せ、冷ややかな一直線へと変わる。

「貴女と相馬千冬(そうま・ちふゆ)の間に何があったかなど、どうでもいいわ」

小林雪子(こばやし・ゆきこ)が愛想笑いで応じようとした瞬間、綺世は冷徹に言葉を継いだ。

「ただ、浮気相手という立場は、それほどまでに達成感を得られるものなのかしら?」

綺世には、ずっと理解できないことがあった。

五年前、小林雪子は芸能界のトップに君臨していた。主演ドラマは五本連続で大ヒット、国内の賞という賞を総なめにし、国際的な映画祭でもノミネートされていた。あと一...

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