第53章

唇に走る鋭い痛み。安井綺世は羞恥と焦燥に駆られ、相馬千冬を突き飛ばそうとするが、男の体は岩のようにびくともしない。彼女は顔を真っ赤にして、ただ憤怒の言葉を投げつけることしかできなかった。

ようやく千冬が満足げに身を引く。彼は無造作に手を伸ばすと、彼女の唇の端に滲む、艶めかしい唾液の跡を指で拭い取った。

綺世の目尻は赤く染まり、蹂躙された唇は熟れた果実のように少し腫れている。涙目のまま彼を睨みつけるその姿は、威嚇するだけの無力な子猫のようで、本人が思っている以上に男の嗜虐心を煽る光景だった。

その表情には、久しく見ることのなかった生気が宿っている。千冬は一瞬、時間を忘れて見惚れた。

彼...

ログインして続きを読む