第4章 平川希、どこまで逃げるつもり?

奴だ!

高原賢治の氷のように冷たい視線が、その車に釘付けになり、ほんのわずかに細められた。

「ボス、GPSによると、対象は猛スピードで離脱中です」

あの車だ。高原賢治に迷いはなく、一言命令を下した。「追え」

先ほどの後ろ姿は、間違いなくあの女だという強烈な予感があった。

車中、平川希は親友の宇野優衣に電話をかけた。

「もしもし、希どうしたの?」

「優衣、私、先にY国に戻ることにした」

「えっ、Y国に戻るって、帰ってきたばかりじゃない! どうしたの? 何かあった?」宇野優衣が焦って尋ねる。

平川希は事の経緯を宇野優衣に一通り話した。

聞き終えた宇野優衣は、「マジで」と三度も驚きの声を上げた。「うちの小宝贝《シャオバオベイ》たち、本当に才能あるわね! よくやったわ凌太と由佳、おばちゃんはあなたたちを支持するわ」

平川希は冷や汗をかいた。

「希、いつ出発するつもり?」

「できるだけ早く。今日が一番いい。絶対に彼に子供たちを会わせるわけにはいかない」彼女の心は落ち着かなかった。高原賢治に姿を見られ、すぐに追っ手が来るだろうという予感がしていた。

「でも希、あなたは帰ってきたばかりじゃない。吉本院長がすごい大金であなたを引き抜いたのに、今いなくなったら、彼、Y国まであなたを縛り上げに乗り込んでくるくらい怒るんじゃない?」

「そうかもね。でも、帰ってこないわけじゃない。子供たちを山内隼人のところに避難させて、落ち着いたら戻ってくる」

日本でキャリアを積むと決めた以上、吉本文哉こと吉本院長に病院への入職を約束したからには、轻易に去るつもりはなかった。

この嵐が過ぎ去るのを待ってから、二人の子供を連れ戻すのだ。

「わかったわ。二人の子を連れてるんだから、くれぐれも気をつけてね」電話口で宇野優衣は慌ただしく平川希に言い含め、念を押した。

電話を切った後、平川希は携帯電話を後部座席の平川凌太に渡した。「凌太、ママの代わりに航空券を予約して。山内さんのところに数日泊めてもらわないと」

「Y国に帰るの?」凌太はパソコンを操作しながら俯きがちに言った。運転している平川希よりも忙しそうだ。先ほど一瞬の油断で位置を特定されてしまったが、幸いにも今気づき、すぐに迎撃して妨害電波を発している。

「そうよ」平川希は努めて明るく振る舞った。子供たちまで緊張させないように。「山内さん、あなたたちに会いたがっていたもの」

「やったー、山内さんのところに行けるんだ! 由佳、嬉しいな」由佳はくるりと振り返り、指をしゃぶりながら、不思議そうに平川希に尋ねた。「でもママ、パパのこと怖いの? どうしてパパから隠れるの?」

平川希は一瞬言葉に詰まり、その瞳に暗い影がよぎった。「それは、由佳がもう少し大きくなったら話してあげるわね」

凌太と由佳に、自分たちが父親に望まれなかった子供だとは知られたくなかった。

由佳はママがパパの話をすると悲しくなることを知っているので、口をきゅっと結び、素直にそれ以上は聞かなかった。「うん、わかった」

平川希は時折バックミラーで後方を確認し、追っ手が迫っていないか恐れていた。

「ママ、一番早い便は明日の七時半だよ」

平川希は頷いた。「わかった。それでお願い」

今は夜の七時。まだ十数時間ある。平川希は尻に火がついたように家に駆け戻り、慌ただしく数枚の服をまとめると、翌日、夜長夢多を恐れて一分も無駄にはしなかった。

空港に着くと、平川希は二人の子供と自分にマスクを着けさせ、保安検査場へと向かった。長い列がようやく自分たちの番になり、平川希はほっと息をついた。

こうして逃げ回るのが解決策でないことは分かっている。だが、今の彼女には二人の子供を連れて高原賢治と向き合う勇気がなかった。

高原賢治の性格からして、あの時彼に逆らい、黙って国を逃げ出した自分を、彼は決して許さないだろう。

それに、高原家のような名門は、自分たちの血筋が外で暮らすことを許すはずがない。

この二人の子供は彼女の命だ。失うわけにはいかない。

自分がどうなろうと構わないが、子供たちを誰にも傷つけさせはしない。

平川希は手をつなぐ凌太と由佳を見下ろし、心は无比に固くなった。あの時の決断を後悔したことは一度もない。

「ママ、山内さんのところに行ったら、由佳はまた戻ってこれる?」

由佳はここを離れるのが少し名残惜しいようだった。

平川希は由佳の気持ちを察し、優しく微笑んだ。「由佳ちゃんはここが好きなの?」

「好き。ここには由佳のお友達がいるし、おばちゃんもいるし、それに……」パパも! 由佳は指をしゃぶり、そこから先は言わなかった。

平川希の眼差しが翳った。子供は口にしなくても、二人が父親を求めていることは分かっていた。パパとママがそばにいることを望まない子供などいない。

平川希はしゃがみ込み、由佳と凌太を抱きしめた。彼らに父の愛を味あわせることはできない。だが、その分自分が倍の愛情を注ぐ。

平川希が落ち込んでいるのに気づき、由佳は彼女にぎゅっとしがみついた。「ママ、由佳はママがいればいい」

「凌太もママだけでいい」凌太も平川希を抱きしめ、少しでも慰めようとした。

平川希は優しく微笑んだ。この二人の子がいるだけで、自分はどれほど幸運だろう!

「宝贝たち、安心して。数日したら、ママが必ず迎えに来るからね」

しかしその時、空港の玄関口に、黒塗りの高級車が一列に滑るように停止した。先頭のロールスロイスから、すらりとした男の影が降り立つ。

男の整った顔は硬くこわばり、漆黒の瞳は墨のように深く、解けぬ冷たさを湛えていた。

彼が纏う冷気は空港ロビー全体を席巻し、背後の黒服のボディガードたちが即座に散開し、絨毯爆撃のような捜索を開始した。

今度こそ、あの女を逃がすわけにはいかない!

「凌太、由佳、もうすぐ搭乗だよ」

「やったー、もうすぐ山内さんに会えるね」

搭乗券の確認を終え、凌太と由佳は手をつないでぴょんぴょんと跳ねながら前を歩いていく。

平川希は微笑みながら二人の子供を見つめていた。この子たちは飛行機に乗るとなるといつも興奮する。彼女は自分の身分証を受け取った。だが次の瞬間、大きな手が彼女の手をがっしりと掴んだ。

続いて、陰鬱で低い声が、聞き覚えのある響きで彼女の耳元に囁いた。

「平川希、今度はどこへ逃げるつもりだ?」

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