第29章

夜は墨を流したように濃く、穏やかな静けさを、澄んだスマホの着信音が切り裂いた。

和泉静留は半分眠ったまま手探りで端末を掴み、通話ボタンを押す。耳に飛び込んできたのは、取り乱した女の声だった。

「和泉さん、大変です……お母さまが、いなくなりました!」

その一言で眠気は吹き飛び、静留はびくりと身を起こす。

「……どういうこと?」

そう言いながらも手は勝手に動いて、シャツに袖を通し、ズボンを引き上げる。

「わ、私も分からないんです……!」

相手は、静留が最後に母を預けた療養院の介護士だった。声は泣き混じり、焦りで息が上ずっている。

「和泉さん、いったん来てもらえますか……? 私、ほ...

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