第57章

どうやら、師匠は自分が仕事を辞めたことをまだ師母に話していなかったらしい。だから和泉静留も、あえて口にしなかった。

 この先、また会う機会があるかもしれない。けれど、関係が昔のままに戻ることは、もう二度とない。

 それが苦しくないわけじゃない。胸の奥は、鈍く軋んでいた。それでも師匠のためを思えば、そして何より身の安全を考えれば、そうするしかなかった。

 電話を切ると、和泉静留は道端の木にもたれ、そっとうつむいた。

 師母が怯えるのも無理はない。姿の見えない相手を恐れながら生きることが、どれほど人を追い詰めるのか。普通の人間なら、その骨身に染みる無力感だけで、心をずたずたに引き裂かれて...

ログインして続きを読む