第1章

山崎絵麻の視点

「書類の準備が整いました、山崎夫人」

一時間前の弁護士の声が、頭の中で繰り返し再生される。私はあのオフィスで、一枚また一枚と書類に署名した。心は揺れていたけれど、手は震えなかった。三年。戸籍の上だけで存在する結婚生活が、ようやく終わる。

私はタオル一枚の姿で寝室に立ち、髪からは雫が床に滴り落ちている。離婚協議書は化粧台の上に広げられていた。白い紙に黒い文字。

朝日が窓から差し込んでいる。書類を手に取ると、指先がレターヘッドに触れた。今日だ。今日、彼に告げる。

だがその前に、ふと記憶が蘇る。

三年前。父の書斎。父は巨大なデスクの向こうで、一晩で十年も老け込んだような顔をしていた。水原投資の倒産のニュースは、B市中に燎原の火のように広まっていた。私は窓際に立ち、父の電話を握る手が震えているのを見ていた。

そこに山崎拓也が現れた。完璧なスーツに身を包み、その灰色の瞳は何も映していなかった。彼はデスク越しに小切手を滑らせる。その声は、まるでコーヒーでも注文するかのように落ち着いていた。

「水原投資の負債は、私がすべて清算できます」一拍置いて、彼は続けた。「絵麻さんと結婚したいです」

プロポーズではない。取引だ。

私は父の顔を見た。かつては自信に満ち溢れていたその瞳が、今はただ必死に何かを訴えている。父の無言の懇願が、重く私にのしかかる。私は、頷いた。

その十年前、拓也はH大学経済学部の奨学生で、父の講義で質問をしていた。父は彼に何かを見出し、MBAの費用を援助した。

これが拓也なりの恩返しの方法。結婚。取引。

結婚式の後、私たちは同居人になった。寝室は別々。朝食の席での、儀礼的な「おはよう」の挨拶。チャリティーディナーでは完璧な夫婦を演じ、ベッドを共にしたことは? 一度もない。

タオルが滑り落ちそうになる。私は慌ててそれをつかみ、瞬きをして現在に意識を引き戻す。鏡の中の私が、私を見つめている。濡れた髪、むき出しの肩、疲れた瞳。

クローゼットを開け、シルクのローブに手を伸ばす。生地が肌にひんやりと心地よい。今日。今日、彼に告げる。父の会社はもう安定した。彼に自由を返してあげられる。

手すりに片手をかけ、階段を下りていく。廊下は静かだ。窓から陽光が降り注いでいる。ダイニングルームから、食器のかすかな音が聞こえてくる。

長いテーブルの端に拓也が座り、コーヒーカップを片手にタブレットに目を落としている。灰色のセーターに黒のパンツ姿。眼鏡をかけているせいか、いつもより険しさが和らいで見える。光が彼の横顔を照らし出す。シャープな顎のライン、喉の筋。

三年。毎朝、こんなふうに。朝食を共にする、他人同士。

私は自分の席に向かい、コーヒーを注ぐ。カップの温もりが手に伝わる。息を吸い込み、指でカップの縁をなぞった。

口を開こうとした、その瞬間。突然、声が頭の中で爆発した。

『クソ、あのシルクのローブ。鎖骨が見える。見るな。絶対に見るな、クソッ。卵に集中しろ。三年だ。三年間、毎朝ここに座って、自分を拷問しているようなものだ。彼女を見て、触れることもできないなんて。俺はマゾヒストなのか?』

コーヒーカップが傾き、中身がこぼれそうになる。心臓が肋骨を激しく打ちつけた。

あの声。拓也の声だ。でも彼は口を開かず、タブレットを見つめたままだ。

『すべきじゃなかった……いや、後悔はしていない。こうして彼女を見ているだけでも、まったく会えなくなるよりはマシだ。クソッ。ブラもつけてない。見え……やめろ! 国内総生産成長率! 金利! 朝日銀行のことを考えろ!』

「どうした?」拓也が顔を上げ、眉をひそめた。「顔色が悪いようだが」

「大丈夫」私はカップを置くのが早すぎて、コーヒーが揺れた。「少し、疲れているだけ」

『具合でも悪いのか? 医者を呼ぶべきか? それとも、ただ俺の顔を見たくないだけか。そうか、それだ。俺が家を出るのを待ちきれないんだ。彼女に自由な時間を与えろ、拓也』

私は彼を凝視する。目を見開き、頭が混乱する。

彼の思考が聞こえる。何なの、これ。

拓也は立ち上がり、椅子にかけてあったスーツのジャケットを掴んだ。「今日は会議がある。遅くなるかもしれない」彼は一瞬言葉を切り、続けた。「冷蔵庫にギリシャヨーグルトがある。君が好きなやつだ」

『彼女の動きを見るな。クソッ、絶対に見るな。あのローブは薄すぎる、あのドレープの感じは……なんてこった。もう行かないと。今すぐ。あと一秒でもここにいたら、彼女をあのテーブルに押し付けてしまう。出ていけ。今すぐ』

ジャケットを握る彼の手の関節が白くなっている。喉が上下に動く。彼は逃げるように、早足でドアに向かった。

「待って」止める間もなく、言葉が口から出ていた。「今日は休むんじゃなかったの? 土曜日よ」

拓也は一瞬動きを止め、振り返らないまま答えた。「急な用件だ。重要なんだ」

『彼女は俺を追い出そうとしているのか? 家を独り占めしたいんだろう。友達でも呼ぶのかもしれない。もっと外出した方がいいのか。彼女に自由な時間を与えないと。でも、週末だけが、彼女を長く見ていられる唯一の時間なんだ。情けない』

心臓の鼓動が速くなる。これは幻覚じゃない。彼の頭の中の思考が、一つ残らず聞こえる。

彼はドアにたどり着き、そして振り返った。彼の背後から朝日が差し込んでいる。

「絵麻」彼の声が低くなった。「何かあったら、電話してくれ。いつでも」

『ここに留まる口実が欲しいだけだ。あと一秒。もう一度だけ見たい。でも、そんなのは情けない。しがみつくな。彼女に息をさせてやれ』

ドアが閉まる。その音が響き渡った。

私はコーヒーカップを握ったまま、凍りついていた。

拷問、と言った。私を見て、触れることもできずにいることだと。私と結婚したことを後悔していない、と。

カップを置き、両手をテーブルにつく。手のひらの下に、木の硬い感触が伝わってくる。

一体、何が起こったの?

あの言葉。彼が一度も口にしなかった、あの思考。

『三年間、自分を拷問してきた。彼女を見て、触れることもできずに。後悔はしていない。ブラもつけていないなんて』

顔が燃えるように熱くなる。肌に触れるシルクの感触、その薄さを、急に意識してしまう。心臓の鼓動が収まらない。混乱と衝撃と不信感が、胸の中で絡み合っている。

私は階段を二段飛ばしで駆け上がり、寝室のドアを押し開ける。化粧台の上には、まだあの離婚協議書が置かれたままだ。

震える指で、その条項を見つめる。

三年間。三年間、彼はただ義務を果たしているだけだと思っていた。毎日の、あの丁寧でよそよそしい「おはよう」の挨拶。あの慎重に保たれた距離。別々の寝室という、冷たい取り決め。

この間ずっと、それが彼の葛藤だったというの?

あの思考は、本物だったの?

彼は毎朝、自分を拷問していた? 私をテーブルに押し付けたいと? 私に会うことが、まったく会えなくなるよりマシだと?

この三年間、拓也は何を考えていたの?

私はゆっくりと協議書を折りたたむ。ドレッサーの一番深い引き出しを開ける。その中に書類を入れ、シルクのスカーフで覆った。

まずは、真実を確かめるべきかもしれない。

この突然の能力が、何であれ、どうして現れたのであれ、もしかしたら宇宙が私に答えを与えてくれたのかもしれない。

拓也がこの間ずっと、頭の中に何を隠してきたのかを知る必要がある。それから、この離婚協議書に本当に彼の署名が必要なのかを決める。

窓の外で、黒いセダンが走り去っていく。

後部座席で、拓也が眼鏡を外し、指で鼻筋をつまんでいる。

もし今、彼の考えていることが聞こえるとしたら、何が聞こえるのだろう?

私は引き出しを閉めた。

書類は、待ってくれる。

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