第3章
「私が愛を分かってないって?」
その言葉を聞いた瞬間、私は呆然とした。
「愛を分かってない人間が、どうしてあの時あなたを助けたの?どうして五年間も一緒にいたの?あなたのために大金を叩き、人脈を駆使してリンクに立たせたりするわけないじゃない」
拓也は大きく息を吸い込み、何も答えない。その瞳には苛立ちだけが満ちていた。
「澄音の再取材、許可するのかしないのかどっちだ」
私は彼をじっと見つめた。この五年間、彼がこんな目を私に向けたことは一度もなかった。まるで、自分の行く手を阻む邪魔者でも見るかのような目。
「あの子のことが好きなの?」
「ありえねえよ」彼は即座に否定した。「俺があいつを好きになるわけないだろ。遥香、俺を何だと思ってるんだよ」
だが、その声には何の説得力もなかった。
彼は語気を強めた。「一言だけ聞く。再取材、させるのかさせないのか」
私は黙り込んだ。
「だったら契約解除だ」彼は私を睨みつけた。「俺をこの場所から引きずり下ろせるもんなら、やってみろよ」
その瞬間、ひどく滑稽に思えた。
この男は、私が手塩にかけて育て上げたのだ。最高のコーチ陣を用意し、クラブを丸ごと買収して彼を中核に据え、あらゆる人脈を使ってMVPの座へと押し上げた。それなのに今、彼は私が与えたすべてを武器にして、私を脅している。
「いいわよ」私はふっと笑みをこぼした。
拓也は虚を突かれたように固まった。
「今シーズンが終わったら、契約解除にしましょう」
彼の顔色が一瞬にして変わる。驚愕、そして怒り。
「なら解除してやるよ!」怒号を響かせ、彼はきびすを返して立ち去った。
選手通路へと消えていくその後ろ姿を見送る。チームのメンバーたちが足を止めてこちらを見ていたが、もうどうでもよかった。
彼には心の底から失望した。
その日の試合は観に行かなかった。運転手に自宅まで送ってもらう間、私は一言も発しなかった。
帰宅して冷蔵庫を開け、ビールを取り出した。
アルコールが喉を焼く感覚とともに、かつての記憶がどっと押し寄せてきた。
あれは五年前の冬の夜。役員会議を終えた私は、車内でメールの処理をしていた。窓の外では、アイスホッケーの防具を身につけた若者たちが、一人の痩せ細った少年を取り囲んでいた。彼らは少年を小突き、嘲笑い、少年の道具を雪の上に放り捨てていた。
干渉するつもりはなかった。ホッケー界隈では珍しくもなんともない光景だ。
けれど、不意に顔を上げた少年の瞳には、剥き出しの反骨心が宿っていた。泣きもせず、命乞いもせず、ただ何度でも雪まみれになって立ち上がった。
私は運転手に命じてそのろくでなしどもを追い払わせ、少年に自分の名刺を差し出した。
「この現状を変えたいなら、私を訪ねてきなさい」
翌日、彼は本当に私のオフィスの前に姿を現した。
「有名になりたい」と彼は言った。「一番高い場所に立ちたいんだ」
一文無しの孤児のくせに、途方もない野心を抱いていた。
「なら私の恋人になりなさい」私は告げた。「その交換条件としてね」
彼は頷いた。
最初はほんの気まぐれな暇つぶしだった。従順な恋人であり、投資のしがいがある育成プロジェクト。ただそれだけ。
だが月日を重ねるうちに、私は本当に彼を愛してしまっていた。
深夜まで残業していると夜食を届けてくれ、落ち込んでいるときは抱きしめて慰めてくれた。試合が終わるたびにプレゼントを用意し、二人きりの甘い時間を過ごしたものだ。
彼は言った。この恩は決して無駄にしない、必ず成功して私を妻に迎える、と。
なのに、今はどうだ。
あの日の少年は、いつの間にかどこかへ消え去ってしまった。
ビールを飲み干し、スマートフォンを手に取る。
「真島澄音の取材を許可して」メディア対応責任者にそう指示を出した。
通話を切った直後、頭をかち割られるような激痛が走った。
何が起きたのか理解する間もなく、視界が真っ暗に染まる。
次に目を覚ましたとき、親友の山本杏奈が私を覗き込んでいた。
「一体どうしたっていうのよ」彼女の声には怒りが滲んでいた。「電話にも出ないし、部屋に入ったらあなたが床に倒れてるんだもの」
私は身を起こし、こめかみを揉みほぐした。
「少し飲みすぎて、気を失ってたみたい。私に何か用だった?」
杏奈は自分のスマートフォンを私に差し出した。
「これ、見てみて」
画面に映し出されたのは、あるインタビューの映像だった。試合に勝利した拓也が、澄音の取材に応じている。
「今日はオーナーが観戦にいらしていないそうですね」澄音は笑みを浮かべて問いかけた。「お二人は、どのようなご関係なのでしょうか?」
拓也はカメラを見据え、嘲るような笑みをこぼした。
「ただのオーナーですよ。それ以上の関係なんてありません」
「お二人の間で何やら不和が生じているという噂もありますが、契約解除の可能性は?」
「俺がいることは向こうにとって幸運なはずですけどね」拓也は肩をすくめた。「俺を欲しがるチームなんて山ほどありますから」
映像はそこで終わっていた。
杏奈は怒りで震えていた。「あのクソ野郎!自分を何様だと思ってるの?あなたがいたからこそ、あいつは今でも——」
「契約解除の書類を作成して」私は彼女の言葉を遮った。
杏奈はきょとんとした。
「今シーズンが終わったら、彼を放出して」私は窓辺へと歩み寄る。「違約金の欄はゼロでいいわ。さっさと出て行ってもらえればそれでいい」
「正気なの?」杏奈が声を上げる。「今のあいつの商業価値は計り知れないのよ。手放したら莫大な損失になるわ——」
「どうでもいいの」窓の外に広がる夜景を見つめながら呟く。「もう彼に関わっている気力なんて、私には残ってないから」
それからの日々、私はほとんど会社に泊まり込んでいた。
病状は日を追うごとに悪化している。頭痛、めまい、そして時折訪れる視界の欠落。それでも、私にはまだやるべきことが山積していた。
数名の役員とともに会社の業務を何度も見直し、生じうるあらゆる問題を事前に潰していく。将来の後継者が円滑に引き継げるよう、詳細な引き継ぎ書類も用意した。
一切の瑕疵がない完璧な会社を、残さなければならないのだ。
ある日の午後、秘書がドアをノックして執務室に入ってきた。
「芦原様、面会をご希望の女性がいらしています。真島澄音と名乗っておられますが」
私は顔を上げた。「通して」
会議室に姿を現した澄音は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「この前のインタビュー、あなたも見たでしょ?」彼女は優雅に脚を組み替える。「拓也もはっきり言ってたわ。あなたはただのオーナーにすぎないって。だから、これ以上彼に付き纏うのはやめてもらえる?」
彼女はスマートフォンを取り出し、数枚の写真を私に見せつけた。
そこに写っていたのは、彼女と拓也のツーショット。抱き合う姿、口づけを交わす姿、そしてベッドの上での姿。
「よく見て」彼女は言った。「彼は私のものよ」
私はただ静かに彼女を見つめ返した。
「あなたがちやほやしている男を、私も好きだとでも思っているの?」
彼女の目の前まで歩み寄る。
乾いた音が響いた。
私は彼女の頬を思い切り平手打ちした。
澄音は頬を押さえ、信じられないという顔で私を凝視する。
「飼い犬に手を噛まれた、ただの恩知らずな男にすぎないわ」私は冷ややかに言い放った。「彼ももうすぐうちのチームの人間ではなくなる。せいぜいご勝手に追いかけ回していればいいわ」
会議室のドアを押し開け、私は一度も振り返ることなくその場を後にした。
