第4章
高沢はその場に立ち尽くした。吹きつける寒風も彼女の目を覚まさせることはなく、むしろこの世界の理不尽さを際立たせるばかりだ。
受話器を握る指先から血の気が引いていく。彼女は乾いた声で問いただした。
「……どういう、ことよ」
電話の向こうから響く村木の声音には、かつてないほどの哀切と重苦しさが滲んでいた。
「高沢、まずは署に来てくれ。証拠品を引き取るんだ。それから……俺たちと一緒に現場へ向かおう」
高沢は言葉を失った。口を開きかけたものの、喉の奥に氷水を吸った綿でも詰め込まれたかのように、声にならなかった。
……
署での手短な引き継ぎを終え、高沢は証拠品袋に入れられた画面の割れたスマホを受け取った。
彼女は無言のまま、駆けつけた鈴木と村木の後について機械的に歩を進めた。
道中、鈴木はずっと現場の状況を分析していた。理性的な捜査用語を並べ立てることで、窒息しそうな沈黙を埋めようとしているかのようだった。
「現時点では、百パーセント確定したわけじゃない」。鈴木は霊安室の前で車を停めたが、すぐにはドアを開けなかった。彼は振り返り、複雑な色を宿した瞳で高沢を見つめた。
「だが高沢、ダイバーが防波堤の下で遺体の残りの部分を発見したんだ。水に浸かっていた時間が長すぎて、顔の判別は不可能だ。DNA鑑定の結果もすぐには出ない。だが……」
彼は少し言葉を切り、勇気を振り絞るように続けた。
「お前に、ホトケの背中を確認してもらいたい」
高沢の瞳孔が、鋭く収縮した。
背中。
もしそれが美弥だとしたら、その背中に何があるか、高沢は誰よりも熟知している。
彼女はドアを押し開けた。かつて数多の犯罪者のアジトを踏み荒らしてきたそのハイヒールのブーツは今、地面の上をどこか頼りなく漂っているようだった。
消毒液と冷気が充満する部屋へと足を踏み入れる。
「心の準備はいいか」
鈴木が静かに尋ねた。
高沢は深く息を吸い込んだ。いつものように冷徹に確認作業を行い、これがまたしても何かの間違いであると証明してやるつもりだった。
検視官が遺体を覆っていた白い布をゆっくりと引き下ろし、惨白く、損壊した胴体の背部を露わにする。
高沢の視線は、その遺体に触れた瞬間、凍りついた。
冷たい皮膚の上、左の肩甲骨の下あたりに、茶褐色の歪な形をした痣があった。
その痣は、あまりにも目に焼き付いた。
高沢の脳裏に、数え切れないほどの記憶がフラッシュバックする。それは彼女がかつて、幾度となく罵倒した箇所だった。
『勘弁してよ美弥、背中を隠しなさい。その痣、まるで落ちないコーヒーの染みみたいじゃない。どうしてあんたはいつもそう、不完全なの?』
その瞬間、私は解剖台の傍らに漂いながら、高沢の瞳を見つめていた。もう一度話しかけたくて、透明な手を彼女へと伸ばす。
「お母さん……」
その声は、高沢には届かない。
彼女は次の瞬間、「うぷっ」という音と共に猛然と腰を折り、床に向かって激しく嘔吐した。
胃液と酸っぱい液体が噴き出し、まるで五臓六腑をすべて吐き出さんばかりに、視界が暗転するほどむせ返る。
「ちが……違う……」
口元の汚れを拭いながら、彼女はよろめいて後ずさりした。その瞳は恐怖と、信じることへの拒絶で見開かれている。
「これは美弥じゃない……どうして美弥なのよ」。高沢は支離滅裂に首を振り、金切り声を上げた。
「ありえない! 絶対にありえないわ! 美弥は自分を騙してるのよ……あの子は私を騙そうとしてるんだわ! あの子は昔から手を焼かせる子だった、悪戯が得意なんだから。これもきっと、あの子の悪ふざけに決まってる!」
室内は死のような静寂に包まれ、高沢のヒステリックな喘鳴だけが響いていた。
鈴木は証拠品袋を開け、一本のボイスレコーダーを取り出した。崩壊寸前の相棒を見つめ、彼は沈痛な面持ちで告げた。
「高沢、鑑識がこのスマホの最後の三件の通話記録を復元した……聞くか?」
高沢は硬直した。彼女の視線が、レコーダーと遺体の痣の間を彷徨う。
長い沈黙の後、彼女は震えながら、歯に挟まったような声で一言だけ絞り出した。
「聞くわ」
鈴木が再生ボタンを押す。
一件目の通話:
背景にはコンビニの喧騒が混じっている。続いて聞こえてきたのは、美弥のひどく遠慮がちな声だった。録音越しでも、相手の機嫌を伺うような卑屈な響きが伝わってくる。
『ねえ、葉山、私だけど。ちょっと相談があって……お母さん、どんなプレゼントなら喜んでくれるかな? 最近ずっと機嫌が悪くて……』
『ネックレス? ティファニーのシルバーのやつ? ……本当に? うん、それがいい。ありがとう、葉山』
高沢の体が、ぐらりと揺らいだ。
二件目の通話:
美弥の声はどこか弾んでおり、未来への微かな憧れさえ感じさせた。
『叔母さん! 私よ。お母さんの誕生日がもうすぐでしょう。だから叔母さんをパーティーに招待したくて……飛行機が高いのはわかってるけど、バイト三つ掛け持ちしたから、チケット代は私が出せるの。今回こそは本当にサプライズにしたくて。二人も久しぶりでしょう、お母さんに喜んでもらいたいから』
高沢の顔色は紙のように白く、下唇を強く噛み締めすぎて血が滲んでいた。
三件目の通話、つまり最後の通話。
呼び出し音の後、電話がつながった。
スピーカーから流れてきたのは、高沢自身にとってあまりにも馴染み深く、それゆえに恐怖を掻き立てる声だった。それは事件の夜、彼女が電話に出た時の声――不機嫌で、冷淡で、傲慢な響き。
『何よ』
