第2章
美咲視点
翌朝、目を覚ますと、隆志の腕が私の腰に回されていた。
ほんの一瞬、忘れてしまいそうになった。昨日のできごとが、ただの悪夢だったのだと、信じてしまいそうになった。
次の瞬間、津波のように現実が押し寄せてきた。
――あの動画。由香里。
隣で隆志が身じろぎし、眠そうな、昔はあんなに愛おしいと思っていた笑みを浮かべて、ゆっくりと目を開けた。「おはよう、美咲」彼はそう囁くと、いつもの朝のキスをしようと身を乗り出してきた。
彼の唇が私のものに触れた瞬間、胃が激しくせり上がってきた。
飛び起きてトイレに駆け込み、便器にかがみこんだ途端、吐いてしまった。
「美咲!」すぐに隆志が後ろに来て、私の背中に手を置いた。「どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
――ええ、そうよ。陶器の縁を握りしめながら、私は心の中で苦々しく思った。――あなたという存在そのものに、もううんざり。
「大丈夫」吐き気の波の合間に、なんとか声を絞り出す。「たぶん……何か変なものでも食べたのかも」
私の体は、人生のすべてをかけて愛した男を、物理的に拒絶していた。
「医者に行った方がいい」隆志の声には、本物の心配がこもっていた。「普通じゃないよ」
その心配が本物であることは、声を聞けばわかった。だが、それがいっそうすべてを歪ませる。義理の妹と寝ておきながら、妻を愛するふりをするなんて、一体どういう神経をしているのだろう?
「大丈夫だって言ってるでしょ」私はふらつきながら立ち上がり、彼の視線を避けた。「たぶん、研究室の仕事のストレスよ」
ナイトスタンドの上で、隆志のスマホが震えた。その音に、私たちは二人とも凍りついた。
「ちょっと出る」と彼は言ったが、声色が変わっていた。私の体調を気遣っていた時にはなかった、ある種の熱意がそこにはあった。
彼がメッセージを読む顔を見つめる。表情が一変する様を、私は見ていた。心配そうな夫の顔は消え、もっと柔らかく、親密な何かに取って代わられた。口の端に笑みが浮かんでいる。
「今日は早く会社に行かないと」彼はすでにクローゼットに向かいながら言った。「緊急会議なんだ」
緊急会議。その嘘は、いとも簡単にするりと彼の口から滑り出た。今まで何度、その言い訳を使ってきたのだろう。
「土曜日なのに?」と私は尋ねた。
「うちの会社は大変なんだよ」彼は私と目を合わせずに言った。「問題はスケジュールなんて待ってくれないからな」
いつもなら髪を整えるのに二十分はかける男が、たった五分で身支度を終えてしまう。私は、新たな切迫感に駆られて朝の準備を急ぐ彼を見ていた。
「今日は無理するなよ」彼は私の額に軽くキスを落として言った。「もし気分が悪くなったら、必ず医者に行くって約束してくれ」
なんて優しい夫なのかしら、と急いで出ていく彼を見送りながら思った。その思いやりが、貞節にまで及んでいないのが残念だけど。
玄関のドアが閉まった後、私はベッドに座ってきっかり三十秒、それから決心した。知らなければならない。私が結婚したのがどんな男なのか、この目で見極めなければ。
私は車でビルに向かい、街の中心にある田中グループ本社ビルへと向かった。通りの向かいに車を停めると、手が震えていた。
受付にいた、きちんとセットされた髪の若い女性が、にこやかな業務用の笑みで顔を上げた。「おはようございます。どのようなご用件でしょうか?」
「主人を驚かせに来たんです」私はとびきりの笑顔を作って言った。「田中隆志の妻の、美咲と申します」
彼女の目に、すぐに合点がいったような光が宿った。「まあ! 田中夫人! もちろんでございます」彼女はぱっと顔を輝かせた。「素敵ですね。田中社長でしたら、四十二階のオフィスにいらっしゃいます」
エレベーターに乗っている時間が、永遠のように感じられた。
結婚する前にここへ来た時のことを思い出す。隆志がどれほど誇らしげに社内を案内してくれたか。役員用エレベーターの認証に、私の指紋を登録すると言って聞かなかったこと。
『これで、いつでも会いに来られるだろ』彼は私を抱き寄せながら言った。『ここが、君の場所でもあるって感じてほしいんだ』
役員フロアへのアクセスが指紋認証で許可されたとき、不幸中の幸いね、と私は思った。
四十二階に着くと、エレベーターが静かに音を立てた。静まり返った廊下に足を踏み出すと、心臓が激しく脈打っていた。
どうか、と隆志のオフィスに近づきながら、私は祈っていた。どうか、私の勘違いでありますように。どうか、彼が本当に会議に出ていますように。
だがその日、神様は私の願いを聞き入れてはくれなかった。
オフィスのドアが少しだけ開いていて、その隙間から、二人の姿が見えた。隆志は由香里をデスクに押し付け、彼女の脚は彼の腰に絡みつき、二人の唇は固く結ばれていた。
由香里が去年ロンドンの大学を卒業し、会社に入るために帰国したと聞いていたのを思い出す。賢くて、美しくて、そして都合よく隆志の目の前に配置されたというわけね。
彼女は昔から私を嫌っていた。子供の頃でさえ、彼女の憎しみを感じ取っていた。隆志と私が一緒にいるのを、冷たい暗い瞳で見つめていたあの視線。私はてっきり、私たち三人の輪の中で、彼女が部外者だと感じて疎外感を抱いているせいだと思っていた。
なんて甘かったんだろう。
「私のこと、愛してる?」由香里が彼の唇に囁きかけるのが聞こえた。
隆志は低く笑った。それは、私だけのものだと思っていた声だった。「こうしている時間が長くなればなるほど、もっと愛しくなるよ」
もうこれ以上、聞きたくなかった。聞くことなんて、できなかった。
落ちそうになる涙を必死にこらえ、視界がぼやける中、私はできるだけ静かにドアから後ずさった。
「何かございましたか、田中夫人?」受付の前を通り過ぎるとき、彼女が尋ねてきた。
「ええ、完璧よ」私はなんとか言った。「私がここに来たことは、内緒にしておいてくれる?」
彼女は微笑んで頷いた。きっと、秘密にしておくべきサプライズか何かだと思ったのだろう。
家に戻り、リビングルームで自分の左手をじっと見つめた。あんなに意味深く、永遠のものだと感じていた結婚指輪が、今ではまるで重さがないかのように感じられた。
私たちの結婚生活と同じだ。
私は指からそれをひねり抜き、キッチンへ歩いていくと、金属的な音を立ててディスポーザーに放り込んだ。
その日の残りは、奇妙な虚無感の中で過ごした。まるで幽霊のように家の中をさまよった。
その夜、隆志が帰宅し、いつものように私を腕の中に引き寄せようとした。彼のシャツから、彼女の香水の香りがした。上品なフローラル系の、明らかに高級な、間違いなく私のじゃない香り。
私は一歩、後ずさった。
「どうした?」彼の顔に戸惑いがよぎる。
「別に」私は言った。「……会議、どうだった?」
「有意義だったよ」彼はジャケットのポケットに手を入れ、小さなベルベットの箱を取り出した。「実は、君にプレゼントがあるんだ」
彼が箱を開けると、上質なエメラルドのペンダントが現れた。私の胃がぎゅっと締め付けられる。それは美しく、二日前なら喜びで泣いてしまったであろう贈り物だった。
今、私の頭に浮かぶのは、由香里が先にこのエメラルドを見て、気に入ったのだろうかということだけだった。
「素敵ね」私は箱を受け取りながら言った。「ありがとう」
「それだけ?」隆志は眉をひそめた。「もっと喜んでくれるかと思ったのに」
私は彼を見上げた。子供の頃から愛してきたこの男を。そして、かつて心臓があった場所に、冷たく硬い何かが居座るのを感じた。
「私からも、あなたにプレゼントがあるの」私は静かに言った。「でも、もらえるのは結婚記念日まで待っててね」
彼の顔が、途端に明るくなった。「本当かい? 気になるな」
「きっと、すごく気に入ると思うわ」私は言った。そしてこの二日間で初めて、心からの笑みを浮かべた。「あなたに、まさにお似合いのものだと思うから」
隆志が私を抱き寄せ、どれほど私を愛しているか、私と一緒になれてどれほど幸運か、私たちの人生がどれほど完璧か、甘い言葉を囁くのを、私はされるがままにさせていた。
だって六日後には、私が嘘つきに対してどう感じているか、彼が思い知ることになるのだから。
そして私は、彼の驚愕する瞬間を、じっくりと味わうつもりだ。
彼が私を騙すことを楽しんでいたのと、まったく同じように。







