第2章

空港に降り立つと、南国の風がココナッツと潮の香りを運んできて、私の顔を撫でた。スーツケースを引きずりながら、一歩一歩が逃避行のように感じられた。雨の中であのケーキを捨ててから三日間、私は抜け殻のようだった。心配しきった母が、頭を冷やすようにと私をこの南島へ無理やり送り込んだのだ。母は、香織叔母さんなら私の再出発を助けてくれると言った。

やり直す? 生きていることさえ、もう疲れ果てていたのに。

亮太からのメッセージがスマホの画面で点滅し続けていた。

「茉莉、どこにいるんだ?」

「どうして電話に出ないんだ?」

「話がある」

話って、何? 私を惨めな犬呼ばわりしたことについて?

返信はしなかった。

もう私の世界にいる資格のない人たちもいる。

「茉莉!」

ターミナルに響き渡る声。振り返ると、一人の女性が私に向かって大股で歩いてくるところだった――シルバーグレイのボブヘア、頭に乗せたサングラス、全身からやり手のボス感が溢れ出ている。

「叔母さん?」

叔母さんは私を窒息しそうなほどの力で抱きしめると、すぐに体を離してまじまじと私を眺めた。

「もう、写真で見るよりひどいじゃない!」叔母さんは私の眼鏡をひったくり、顔を間近で覗き込む。「でも……なんですって! あなた、埃をかぶったダイヤモンドじゃない!」

「え?」

「完璧な骨格! 最高の肌質! この瞳は神からの贈り物よ!」叔母さんは興奮して手を振り回した。「みんなの目を眩ませてやるのよ!」

周りの人たちがこちらを見始めた。私は耳まで真っ赤になる。「叔母さん……」

「香織って呼びなさい! あなたの再生は、今、始まるのよ!」

* * *

叔母さんのスタジオは、私の度肝を抜いた。

壁一面が、スターたちのビフォーアフターの写真で埋め尽くされている――国際的な女優、有名下着ブランドのモデル、ポップ界のセンセーション。誰もが凡人から息をのむほどの美女へと変貌を遂げていた。

「これ、全部叔母さんが?」信じられなかった。

「当然でしょ!」叔母さんは誇らしげに笑った。「日本の一流女優――みんな私の傑作よ」

私は鏡の前に立ち、惨めな自分の姿を見つめた。分厚い眼鏡、グレーのセーター、ボサボサの髪。壁の女神たちと比べたら、まるで別の生き物だ。

「私……私、本当にあんな風になれるのかな?」

叔母さんが私の後ろに立ち、肩に手を置いた。「いいこと、お嬢さん。美しさってのはね、他人を喜ばせるためのものじゃない――自分自身が最強のバージョンになるためのものなのよ」

彼女はiPadに素早くスケッチを描いていく。「三ヶ月プランよ! 最初のひと月で基礎的な変身。二ヶ月目でボディメイク。三ヶ月目は自信をつけるためのトレーニング」

「でも、私……」

「『でも』は禁止!」叔母さんは私の言葉を遮った。「亮太なんて、本物を見る目がないただのバカ。あいつの損失だわ。これからは、あなた自身のために生きるのよ!」

その名前を聞くと胸が締めつけられた。でも、その直後、今までに感じたことのない怒りがこみ上げてきた。

そうよ! なんであいつの言葉ごときで私が苦しまなきゃいけないの? なんで私が日陰で生きなきゃいけないの?

「変わりたい!」私は思わず叫んでいた。「あいつら全員に、後悔させてやるような人になりたい!」

叔母さんの目が、賛同するようにキラリと光った。「そう、その意気よ!」

* * *

それから三週間は、地獄のブートキャンプだった。

ビーチの太陽の下で、私の肌は健康的な小麦色にゆっくりと変わっていった。プロのトレーナーの指導で、体には曲線が生まれてきた。髪はトップスタイリストの手で、流行りのレイヤーウェーブに整えられた。

流す汗の一滴一滴、耐え抜いた一瞬一瞬が、私を形作っていく。でも、本当の変化は鏡の中だけじゃなかった――自分の中に、今までにない力が目覚めていくのを感じていた。私はもう、あの惨めで、人の顔色ばかりうかがっていた茉莉じゃない。

けれど、レーザー手術からの回復期は、宇宙人のような分厚い保護メガネをかけなければならなかった。髪は伸びかけの中途半端な時期で、変な方向に跳ねている。顔にはまだ日焼けによる赤みと腫れが残っていた。

「怪物みたい」私は鏡の中の自分を見てため息をついた。

「変身の過程ってものよ。どんな白鳥だって、こういうみにくいアヒルの子の期間を通るの」叔母さんは私を慰めた。「コーヒーショップにでも行ってリラックスしてきなさい。人前にいることに慣れないとね」

青海島にあるビーチサイドのカフェで、私は保護メガネのせいでほとんど何も見えなかった。隅の席に、長身の男性が座って本を読んでいる。彼は、人を惹きつける静かなオーラを放っていた。

アイスラテを手に、慎重に歩いていった。

その時――

足を滑らせてしまった!

「きゃっ!」

コーヒーが丸ごと、その男性に降りかかってしまった!

「うわっ! ご、ごめんなさい!」私はパニックになりながら駆け寄った。

彼は勢いよく立ち上がった。白いTシャツが、完全にコーヒーの染みだらけになっている。私はナプキンを掴むと、夢中で彼の服を拭き始めた。

「大丈夫です、自分で……」彼の声は素晴らしかった――心臓が跳ねるような、人を惹きつける磁力を持った標準語の響き。

緊張のあまり、手元がおぼつかないまま、彼の胸から下へと拭いていく。濡れて薄くなったシャツ越しに、引き締まった筋肉の感触が伝わってきた。

手がさらに下へ滑った瞬間――

絶対に触れてはいけない場所に、触れてしまった。

空気が凍りついた。

彼の体が瞬時にこわばるのがわかった。呼吸が重くなるのを感じる。コーヒーの香りに混じって、微かな男性的な匂いが鼻をかすめ、頭がくらくらした。

「ご、ごめんなさい……」顔がカッと熱くなるのがわかった。でも、指の震えは止まらなかった。

彼の喉仏がこくりと動き、少し掠れた声で言った。「大丈夫ですよ」

心臓を激しく鳴らしながら、私はさっと身を引いた。「クリーニング代、弁償します!」

「気にしないでください」彼は柔らかく笑った。その響きに耳が熱くなる。「コーヒーですから」

ふと、彼のテーブルの上にある本に目が留まった――『百年の孤独』。

「マジックリアリズム、お好きなんですか?」

「マルケスの言葉は詩のようですから」彼は席に座り直した。「あなたも文学がお好きなんですか?」

私は興奮して彼の向かいに座った。「彼の物語構造は天才的ですよね! あの運命の循環する感じとか……」

「そう! ブエンディア一族の呪い――世代を超えて繰り返されるのに、いつも違う形で現れる」

ああ、なんてこと! やっと、私を理解してくれる人に出会えた!

私たちは一時間も話し込んだ。マルケスからボルヘスへ、マジックリアリズムからポストモダン文学へ。彼は声が素敵なだけじゃなく、その知的な深さに、私はさらに惹きつけられていった。

そして、彼が話すたびに、全身が熱くなるような、まっすぐな強さで私を見つめているのを感じた。こんなおかしな保護メガネをかけているのに、彼は嫌な顔ひとつしなかった。

「まだ、お名前も伺っていませんでしたね」

「茉莉です。あなたは?」

「信也です」

その名前に、心がさざ波だった。

「帝都のご出身ですか?」

「ええ」彼は少し間を置いて言った。「何か……やり直しに?」

「そんなところです」

「誰にだって、やり直したい時はありますから」彼の声には、優しい理解がこもっていた。

太陽が沈み始め、金色の光が窓から差し込んでくる。もう行かなくちゃいけないのは分かっているのに、この会話を終わらせるのが惜しくてたまらなかった。

「そろそろ行きます」私は立ち上がった。「その……色々と話してくださって、ありがとうございました。文学への情熱を分かってくれる人なんて、本当に久しぶりで」

「こちらこそ」と、彼は言った。その声にはどこか寂しげな響きがあった。「もし……もしよかったら、また会えませんか?」

心臓が跳ねた。「……ええ、もしかしたら」

店を出てから、一度だけ振り返った。霞む視界の向こうで、彼がまだそこに座って、私の方を見ているような気がした。

スタジオに戻ると、叔母さんはすぐに何かに気づいた。「どうしたの? トマトみたいに真っ赤じゃない。それに……もしかして、嬉しいことでもあった?」

「あの……男の人に会ったの」

「なんですってぇ!?」叔母さんは叫んだ。「全部教えなさい! 何があったのよ!」

私は、例の気まずい接触事故も含めて、一部始終を話した。叔母さんは大笑いした。

「ちょっと、茉莉! あんた、その格好で文学青年を落としたってわけ!? そいつは掘り出し物よ!」

「落としてなんかないわよ!」私は抗議した。「ただ文学の話をしただけで……私、宇宙人みたいな格好なのに!」

「でも一時間も話したんでしょ!」叔母さんは意地悪く笑った。「それって、あんたの内面の美しさを見てるってことよ。そういうのが本物の男なの!」

「本当に?」

「当然よ! くだらない男は顔しか見ない。いい男は魂を見るのよ」叔母さんは真顔になった。「明日にはそのメガネも外せるわ。そしたら、出会ったのが王子様かどうか、分かるわよ!」

その夜、私はベッドに横になりながら、信也さんの声や、文学の話を思い出していた。男性とこんなに深い話をした

またスマホが震え始めた――亮太からのメッセージだ。

でも今度は、見向きもしなかった。私は彼の連絡先をブロックした。

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