第1章
結婚式の1週間前、私はあの忌々しいメモを見つけてしまった。
【和也、大学の時みたいに、いつも守ってくれてありがとう。 麗奈】
和也のスーツのポケットから滑り落ちたその紙切れを拾い上げ、私の手は震えていた。胸の中で爆弾が破裂したような衝撃だった。
大学の時みたいに? 私が和也と知り合ったのはほんの二年前だ。それに麗奈は私の親友で、達也が亡くなってからずっと私が彼女の支えになってきたはずだ。いつから和也は彼女を「守って」いたというの?
何より、このメッセージは和也が私にプロポーズした時の言葉とそっくりだった。「俺が君の家族になる。君を一生守るから」
結局のところ、彼の言う「一生の守護」という誓いは、私に向けられたものではなかったのだ。
私は深く息を吸い込み、メモを元の場所に戻した。バスルームからは、シャワーを浴びながら鼻歌を歌う和也の声が聞こえてくる。自分の秘密が暴かれたことなど、露ほども知らずに。
鏡に映る自分を見つめる。花嫁になるはずの女。しかしその実態は、ただの身代わりだったのかもしれない女。
いや、もっと証拠が必要だ。
私は和也のスマホを掴み、彼の誕生日である「0923」を入力した。ロックが解除される。心臓が早鐘を打ち、指先が画面の上で震える。LINE、ショートメッセージ、通話履歴……
そして、見てしまった。
麗奈とのチャット履歴。半年も前から続く、終わりのないやり取りを。
【ベイビー、俺がずっと守ってやるからな】
【俺にとって一番大切なのはお前だよ】
【何があっても、俺はお前のそばにいる】
この言葉……この忌々しい言葉の数々は、彼が私に囁いたものと全く同じだった! 同じ甘い嘘、同じ約束、同じ偽りの献身!
私は叫び出しそうになる口を必死で手で覆った。
最新のメッセージは昨夜のものだ。
和也【寝た? 会いたいな】
麗奈【まだ。なんか落ち込んじゃって】
和也【どうした? 明日会いに行くよ】
麗奈【明日は朱里とドレスの試着じゃなかった?】
和也【あいつは後回しでいい。麗奈の方が大事だ】
あいつは後回しでいい。麗奈の方が大事だ。麗奈って……
婚約者である私は後回し。親友であるはずの麗奈の方が大事。
乾いた笑いが漏れた。画面をスクロールし続ける。このチャット履歴はまるで裏切りの日記だ。私の彼氏が、別の女に注ぐ深い愛情の記録。
そして私は、自分が愛されているのだと信じ込んでいた。大馬鹿者のように。
「朱里、まだリビングにいるのか?」バスルームから和也の声がした。
「うん」私は素早く閲覧履歴を消去し、スマホを元の位置に戻した。声が震えないように気をつけながら。「明日のスケジュールの確認をしてたの」
「相変わらずしっかりしてるなぁ」彼は言った。「あと数分で上がるから」
私は新鮮な空気を求めてバルコニーに出た。頭を冷やさなければ。眼下の通りはまだ賑わっているというのに、私の世界は崩れ去ってしまった。夜風の冷たさが、平静を取り戻すのを助けてくれる。泣いていても始まらない。証拠が必要だ。
今、彼を問い詰めるわけにはいかない。もっと知る必要がある。二人の正確な関係は? いつ始まったのか? なぜ和也は、麗奈に近づくために私を利用したのか?
何より、彼らに償わせなければならない。
私はスマホを取り出し、画廊の同僚である直人にメッセージを送った。
【夜遅くに悪いんだけど、ちょっと調べてほしいことがあるの。大学の記録についてなんだけど】
直人からはすぐに返信が来た。
【もちろん。何を調べればいい?】
私は一瞬ためらい、そして打ち込んだ。
【高橋和也と雪見麗奈の、大学時代の全てを】
送信。
私はチャット履歴を削除し、深く息を吸い込んだ。ゲームはまだ始まったばかりだ。
「朱里、バルコニーで何してるんだ?」
バスローブ姿の和也がバスルームから現れ、私の方へ歩いてくる。髪からはまだ滴が垂れていて、あの優しい笑みを浮かべている。
この男、私が知っていると思っていた男、私を愛していると思っていた男が、今はまるで赤の他人のように思えた。
「ちょっと緊張しちゃって」私は彼の方を向き、無理やり甘い笑顔を作った。「だって、あと一週間であなたと結婚するんだもの」
彼は近づいてきて、私を腕の中に引き寄せた。「何も心配することなんてないよ。俺が一生大事にするから」
一生大事にする? あなたが麗奈を「大事にしている」みたいに?
「和也」彼の腕の中で私は囁いた。「私のこと、愛してる?」
「もちろんさ、君は俺の全世界だよ」彼は私の額にキスをした。
全世界? じゃあ麗奈は何? あなたの宇宙とでも言うの?
「私も愛してる」口ではそう言ったが、心は氷のように冷え切っていた。
寝室に戻ると、和也はすぐに眠りに落ちた。満足げな笑みを浮かべてぐっすりと眠っている。自分の世界がひっくり返されようとしていることになど、全く気づかずに。
私は暗闇の中で目を開けたまま、さっきのチャットの文面を何度も脳内で再生していた。一つ一つのメッセージが、ナイフのように心を切り裂く。だが痛みの奥には怒りが、そして復讐という甘美な高揚感があった。
麗奈のことを考えた。私の親友で、兄である達也の未亡人。達也が死んでから、私は家族同然に彼女を支えてきたつもりだった。それなのに彼女は? 私の背後で彼氏といちゃついていたの?
そして和也。一生を共にすると信じていたこの男は、最初から私を利用していたのだ。でも何のために? ただ麗奈に近づくためだけに?
スマホが震えた。直人からの返信だ。
【こんな遅くにどうしたの? 何かあった? 助けが必要なら、いつでも言ってくれ】
このメッセージを見て、不意に胸が温かくなった。直人は達也の死後半年して画廊に入ってきた同僚だ。彼はいつも静かに私を助けてくれる。見返りなんて求めずに。和也に比べれば、彼はまるで一筋の光のようだった。
私は返信した。【ありがとう、直人。ちょっと昔のことをはっきりさせたくて】
【分かった。明日から調べてみるよ。ゆっくり休んで】
私はスマホの画面を消し、隣で眠る和也を見つめた。月明かりに照らされたその寝顔は無邪気で、ハンサムに見える。だが今なら分かる。それはただの仮面だ。
明日、調査を始める。彼らの秘密を全て暴き出し、結婚式で忘れられないサプライズをプレゼントしてやるのだ。
式場の祭壇に跪く和也。全てがバレたと知った時の驚愕の表情。ゲストたちからの軽蔑の眼差し。
そう想像するだけで興奮して眠れそうになかった。
だがまずは、もっと証拠が必要だ。彼らの過去を知り、この欺瞞の全貌を理解しなければならない。
私は目を閉じ、唇に冷たい笑みを浮かべた。
高橋和也、私を騙せていると思っているのね? 全然間違いよ。ゲームはまだ始まったばかり。最後に勝つのは私だ。
一週間後の結婚式は、あなたの人生で最も忘れられない日になるわ。保証する。
暗闇の中で和也の規則正しい寝息を聞きながら、私の頭の中ではすでに復讐の計画が動き出していた。彼らは私を大人しい羊だと思っているようだが、すぐに思い知ることになる。手を出してはいけない相手を怒らせてしまったのだと。
私、雪見朱里は、達也の妹として、高橋和也の最大の悪夢になってやる。
全ては、あの忌々しいメモから始まったのだ。
