第4章
桜井絵里視点
M市の秋風は相変わらず容赦がなかったが、その冷たさに触れただけで泣き出すような三年前の少女は、もうどこにもいなかった。
高橋商事のビルの前に立ち、見慣れた建物を私はあくまで冷静に見つめていた。オーダーメイドのアルマーニのスーツは寸分の狂いもなく私の身体にフィットし、ルブタンのヒールを履いた今の姿なら、誰の視線をも惹きつけるに足るという自信があった。
三年――それは、世間知らずのお嬢様が氷の女王へと姿を変えるには十分すぎるほどの時間だった。
重厚なガラスの扉を押し開けると、見慣れた大理石の床にヒールの音が小気味よく響き渡った。受付の女性が顔を上げ、ペンがデスクにカタリと落ちる。
「まあ、なんて……桜井さん? 信じられないくらい……お綺麗です」彼女の声は、信じられないといった様子で震えていた。
私は、丁寧だがどこか壁を感じさせる笑みを唇に浮かべた。「高橋さんに、お預かり財産の件で参ったとお伝えください」
「も、もちろんです。少々お待ちください」彼女は慌てて電話を手に取ったが、その指は明らかに震えていた。
エレベーターに向かって歩いていると、社員たちが足を止めて私を見つめる。その視線は私を満足させた――これこそが、私が望んでいた効果だ。泣きながら去っていった小さな少女は死んで、もういないのだと、ここにいる全員に見せつける必要があった。
「あれって桜井家の令嬢? まるでランウェイから抜け出してきたみたい……」
「なんだかすごく冷たい感じになったわね、別人みたい……」
そんな囁きが耳に届いたが、私は何も聞こえないかのように優雅な足取りを崩さなかった。
ゆっくりと閉じていくエレベーターの扉が、その金属の表面に完璧な見知らぬ誰かを映し出す。三年前、恋に泣いた傷心のはずの十代の少女は、この手で葬り去ったのだ。
会議室のドアが開いた瞬間、時が止まったかのように感じた。
大輔は床から天井まである窓のそばに立ち、私の足音に気づいて振り向いた。そして私を見るなり、その深い瞳にここ数年見たこともないような衝撃の色が走った。
彼と綾子は婚約はしたものの、この三年間、結婚はしていないと聞いていた。もっとも、もうどうでもいいことだったが。
彼は以前より大人びて見えたが、相変わらず胸が痛むほどにかっこよかった。残念ながら、私の心は自身を固く凍らせる術を学んでしまっていた。
「お久しぶりです、高橋さん」私は微笑みながら言った。
「絵里、君は……」彼の声はわずかに掠れていた。「大人になったな」
私は優雅に会議テーブルの席に着くと、足を組み、完璧な姿勢を保った。「ええ、高橋さん。お預かり財産の件、始めましょうか?」
「大輔」ではなく「高橋さん」と呼んだ――彼の瞳に一瞬よぎった痛みの色を、私は見逃さなかった。それでいい。それこそが、私の望んだ反応なのだから。
「三年前のことだが、俺は――」彼が切り出そうとする。
「過去の話をする必要はありません」私は冷たく遮った。「お互い、忙しい身ですから」
会議は、私が資産配分や投資ポートフォリオについて専門的な説明をする形で、スムーズに進行した。私は意識的に彼との目を合わせることを避けた。
彼の視線が私の上をさまよっているのが感じられた。問いかけと、痛みと、私が解読を拒んだその他いくつもの複雑な感情に満ちた視線が。
議論の半ばで、私は不意に告げた。「私の後見人の役目は、二十一歳になる前に終了させていただきたいのです」
パキン、という音を立てて大輔のペンが真っ二つに折れた。
「絵里、本気か? よかったら、我々は――」彼の声には衝撃と焦りが滲んでいた。
私は冷たい笑みを漏らした。鏡の前で幾度となく練習した表情だ。「謝罪、ですか? なぜ? 高橋さんの言う通りでしたよ、あの頃の私は未熟でした」
「感情は私には贅沢品だということが、今ならわかります。今はキャリアの方に集中したいので」天気の話でもするかのような気軽さで、私は言い放った。「この三年で多くのことを学びました。例えば、ビジネス上の関係と個人的な感情を切り離す方法とか」
彼の顔からサッと血の気が引いた。「絵里、君はそんな風になる必要は……」
「どんな風に、ですか?」私は立ち上がり、書類をまとめ始めた。「冷静で? 理性的で? プロフェッショナルで? これこそ、あなたが望んだ私の姿ではありませんか?」
一つ一つの言葉が、ナイフのように正確に彼の心を抉っていく。彼が苦痛に目を閉じるのを見届けた。
心の奥深くで何かが震えたが、私はその感覚を無理やり無視した。これが私の望んだこと――彼が苦しみ、後悔するのを見ること。
三年前、彼は「子供の気の迷いだ」と、この上なく冷酷なやり方で私を拒絶した。今度は私が彼に拒絶の味を教えてやる番だった。
「会議は以上です」私はファイルを閉じ、退出の準備をした。「関連手続きについては、私の弁護士から連絡させます」
「絵里、頼むから――」彼は椅子から立ち上がり、私を引き留めようとした。
私は振り返らず、ドアへと向かい続けた。「さようなら、高橋さん」
会議室を出ると、背後から彼の苦しげな声が聞こえた。「絵里、お願いだ……」
だが、私は足を止めなかった。
通り過ぎる私を社員たちが見ていた。囁き合う者もいれば、感嘆の眼差しを向ける者もいた。今日の私の振る舞いは完璧だったとわかっていた――冷静で、プロフェッショナルで、揺るぎない。
エレベーターの扉が開き、私は中に足を踏み入れた。扉がゆっくりと閉まる間際、大輔が会議室から駆け出してくるのが見えたが、もう遅かった。
彼はそこに立ち尽くし、絶望と苦痛、そして後悔が入り混じった、今まで一度も見たことのない表情で、エレベーターの扉が完全に閉まるのを見ていた。
「あなたが苦しむ姿を見れば、私は幸せなはずなのに……」私は自分に言い聞かせる。「それなのに、どうして私の心まで一緒に痛むの?」
エレベーターが下降していく中、私は胸に広がる説明のつかない空虚感を必死に抑えつけていた。こんなはずではなかった――私は勝利感に浸っているべきなのだ。この瞬間のために、三年間耐え、成長してきたのではなかったのか?
複雑な感情が胸の中で渦巻いていたが、私はただ前へ進み続けるよう、自分自身に強制した。






