第3章 彼女に何をしたのか?
杏子視点
霧がかかったような意識の中、不満をあらわにした鋭い女の声が聞こえた。「高熱に極度の疲労、それに今回の事故。患者さんはひどく衰弱しています。ご家族はどうしてこの状態に気づかなかったんですか?」
沈黙。彼女が話しかけている相手からの返事はなかった。
「とにかく、きちんと休ませてください。後でまた様子を見に来ます」
足音が遠ざかっていく。私はうっすらと目を開けたが、何もかもがひどくぼやけていた。ベッドの隣の椅子には隆志が座っていて、スマートフォンをいじっていた。
「目が覚めたか?」彼はすぐさまスマートフォンを画面を伏せて置き、その表情を心配の色で染めた。「ったく、杏子、なんでこんなに具合が悪いって言わなかったんだ? そんな熱を出してまで現場に来るなんて。どれだけ危険だったかわかってるのか?」
私はゆっくりと手を上げて、彼の言葉を遮った。「やめて。本当に誰かを大切に思っていたら、どんなことにも気づくものよ。でも、そうじゃないなら……」私は彼の目を見つめた。「一番わかりきったことですら、無視できる」
私の声は弱々しかったが、芯は通っていた。隆志の顔が曇り、その表情が険しくなる。
「どういう意味だ? 杏子、俺と愛美はただの仕事仲間だ。変な想像はよせよ。彼女はそれ以上の存在じゃない」
罪悪感を抱えている人間というのは、誰もまだ問い質してもいないのに、自分が何について責められているのかを正確にわかっているものだ。隆志は、私がまだ口にさえしていないことを、すでに弁護し始めていた。
彼のスマートフォンが震えた。画面を一瞥した彼の全身がこわばる。
「ああ?」
スピーカーからくぐもった女の声が聞こえる。言葉までは聞き取れないが、その声色は必死で、切羽詰まっていた。
「何? おい、泣くな。すぐ行くから」
隆志は電話を切り、その顔には不安が貼り付いていた。
「お前は休んでろ。会社で緊急事態だ。行かないと」
「真夜中にあなたが必要な緊急事態って何?」
「契約関係だよ。この業界がどういうものか、お前も知ってるだろ」彼はもう立ち上がっていて、震える手でジャケットを掴んでいた。「ゆっくり寝てろ。朝には戻るから」
隆志は私と目を合わせようとしなかった。ドアの前で一瞬、ほんの半秒ほどためらったが、すぐにその姿は消えた。
私は天井を見つめながら、熱に浮かされた頭の中でパズルのピースがはまっていくのを感じていた。真夜中に泣きながら電話をかけてきて、大の男をすべて放り出して駆けつけさせる仕事仲間とは、一体どんな相手なのだろう? 入院中の妻をためらいもなく一人残していく緊急事態とは? 答えは痛いほど明白で、それが契約や仕事の話でないことは確かだった。
翌朝、若い看護師が包帯を替えに来てくれた。その手つきは優しく、プロフェッショナルだった。
「昨日、私を運んでくれたのは誰ですか?」と私は尋ねた。
「撮影現場のスタッフの方々ですよ。若い女性たちで、あなたのことをすごく心配していました。容体が安定したのを確認してから帰られましたよ」
彼女が去った後、私は歩けるくらいには回復しているのを感じた。廊下で、ナースステーションから漏れ聞こえてくる声に足を止める。
「六階の特別室にいるカップル、すっごく素敵よね! 彼氏さん、彼女のために高級料亭の豪華な食事を注文して、専属の管理栄養士まで雇ったんだって」
「ロマンチックだけど、正直どうなのかしら? あの子、全然病気に見えないし。医療リソースの無駄遣いって感じ」
「仕方ないでしょ、相手がお金持ちなんだから。院長先生だって何も言えないわよ」
「ニュース見てないの? あれ、田中隆志と山田愛美よ! アカデミー賞の授賞式後のパーティーで、すごく話題になってたじゃない。お似合いのカップルだって!」
私の顔から血の気が引いた。廊下の手すりを、指の関節が音を立てるほど強く握りしめる。
私はエレベーターで六階へ向かい、廊下を歩いて目的の場所を探した。ガラス窓の向こうに、私の心の残骸を木っ端微塵に破壊する光景が広がっていた。
隆志は愛美のベッドの傍らに座り、まるで生まれたての赤子を扱うかのように優しくスプーンを手に取り、彼女にスープを飲ませていた。愛美はピンクの入院着をまとい、繊細な微笑みを浮かべながら枕にもたれかかっている。隆志の動きは慎重で、愛情に満ちていた。愛美がいたずらっぽく首を振ると、彼はもう一口と優しく促す。二人は本物の恋人同士のようだった。かつての隆志と私の、すべてを体現しているかのようだった。
かつて私だけに向けられていたあの優しさで、夫が別の女をかいがいしく世話する姿を目の当たりにして、心の奥で何かが音を立てて砕け散るのを感じた。もはや、ただの浮気という問題ではなかった。私が恋に落ちた頃の彼が、そこにいる――ただ、相手が私ではないというだけ。私がこの何ヶ月も求めてやまなかった優しさ、心遣い、そのすべてを、彼は彼女に与えていた。最悪なのは、彼がもう私を愛していないということではなかった。最悪なのは、彼にはまだ愛する能力が残っていると気づいてしまったことだ。ただ、その愛を私に費やしたくないだけなのだ。
止めようとする間もなく、涙が溢れ出した。私は隅に身を隠し、うずくまって、できる限り静かに泣いた。
視界に、デザイナーもののハイヒールが入ってきた。見上げると、そこに愛美が立っていた。隆志に見せていた甘い微笑みとは似ても似つかぬ、傲慢な笑みを浮かべて。
「泣き終わった?」彼女は、道端の石ころでも見るかのように、私を見下した。「ちょっとお話ししない?」
愛美は私を自分の病室に案内し、ドアを閉めた。カチリと音がした瞬間、彼女はか弱いふりを完全にやめた。
「正直、思ったよりタフなのね。もし私が夫の浮気を知ったら、今頃は新聞の一面を飾ってるわ」
「何が望みなの?」
「あなたに現実を見てほしいってこと。隆志の成功のうち、どれだけがあなたの助けのおかげで、どれだけが彼自身の才能のおかげだと思う? この街の人間はみんな答えを知ってるわ」
愛美の声には、偽りの同情が滲んでいた。「でもね、杏子さん、時代は変わるのよ。今彼が必要としているのは、裏方で支えるアシスタント妻じゃない。彼の隣に立って、彼のキャリアに実際に価値を加えられるパートナーなの。誰が見ても、私の方があなたより彼にふさわしいでしょう?」
「だから、私は身を引くべきだと?」
「あなたみたいな賢い女なら、空気を読めるでしょ。隆志の心はもうあなたにはない。どうして死んだ結婚生活にしがみつくの?」
私は苦々しい笑いを漏らした。「知ってる? 私、もう彼と離婚するつもりだったの」
愛美の顔から表情が消えた。「何ですって?」
「私はあなたが思ってるような、必死な主婦じゃない。彼がもう私を愛していないなら、私がそばにいる理由なんてないじゃない」
「嘘よ! 本当に離婚したいなら、どうして病院まで隆志を探しに来るの?」
「ちゃんと離婚の話をしたくて来たのよ。もうこんなの、引き延ばすのはうんざりだから」
「馬鹿言わないで! 結婚して三年も経つのよ。そんな簡単に諦められるわけないじゃない!」
私は立ち上がった。「好きに信じればいいわ。もうこの話はうんざり」
ドアに向き直った、まさにその時、愛美が突然叫んだ。
「きゃっ! 触らないで!」
その表情が傲慢な女から怯える被害者へと一瞬で切り替わると同時に、涙がその頬を瞬く間に伝った。
ドアが勢いよく開かれ、隆志が駆け込んできた。彼は「怯える」愛美と、そのベッドのそばに立つ私の姿を目の当たりにする。
「杏子! 一体何をしてるんだ! 彼女はただの患者だぞ! 彼女に何をしたんだ?」
隆志は愛美のそばに駆け寄り、彼女を腕に抱きしめて背中をさすった。
「大丈夫だ、愛美。大丈夫。俺がここにいる」
私は互いにしがみつく二人を見つめ、不意に笑い出した。その笑い声は、彼らの哀れな演技を嘲笑しているように聞こえたかもしれないが、本当は、かつて彼を信じていた自分自身の愚かさを嘲っていたのだった。






