第2章
翌朝、私は霧崎産婦人科クリニックの自動ドアをくぐった。
昨日、霧崎市立病院で告げられた診断は、未だに現実味を帯びていなかった。妊娠、そして癌。まるで神様の悪戯のようだ。私にはセカンドオピニオンが必要だった。血液検査の結果は何かの間違いで、私とこの子の両方にまだ希望が残されていると、誰かに言ってほしかったのだ。
待合室は独特の喧騒に包まれていた。幸せに満ち溢れた妊婦もいれば、私と同じように打ちのめされた顔をしている人もいる。私は隅の席を見つけて腰を下ろし、昨日の紹介状を強く握りしめた。
総合病院の真田先生は、丁寧ではあったが事務的だった。ここはハイリスク出産の専門だ。もしかしたら、違う答えが聞けるかもしれない。もっと、救いのある答えが。
その時、あの声が聞こえた。
「烏丸美雪、十時の産婦人科予約です」
剛臣の声――目を閉じていても聞き分けられる、あの低い声だ。
私は恐る恐る顔を上げ、そちらを覗き見た。
剛臣が受付に立っていた。片手をカウンターに置き、もう一方の手で隣にいる女性の背中を優しく撫でている。私より五歳は若そうな、長い黒髪の女性。ゆったりとした白いワンピースを身にまとっていた。
彼女が美雪なのか? 昨晩、電話をかけてきたあの女?
「剛臣、私、ちょっと緊張する」
彼女は甘えるような声を出した。そこには、私が決して見せたことのないような、守ってあげたくなるような弱々しさが滲んでいた。
「初めてのエコーだもん」
剛臣は彼女に向き直り、その両肩に優しく手を置いた。
「大丈夫だよ、美雪。俺がついてる」
蜂蜜のように甘い声だった。
「すべて順調にいくさ」
剛臣がそんな声色で私に話しかけたことなんて、一度もなかった。妊娠を告げた昨晩でさえ、彼の反応は氷のように冷たかったのに。
「烏丸美雪様、こちらへどうぞ」
看護師が番号を呼んだ。世界で一番大切な宝物を守るかのように、彼女の腰をしっかりと支えながら診察室へとエスコートしていく剛臣の姿を、私はただ見つめていた。
心臓が早鐘を打っている。あれは私の知っている剛臣ではなかった――少なくとも、私に見せていた姿とは別人のようだった。
「次は、羽澄真琴様?」
私は自分の予約のことなど忘れかけていた。機械仕掛けの人形のように立ち上がり、別の看護師について隣の診察室へと向かう。昨日の検査結果を握りしめる手は震えていた。
運命とは時に残酷なものだ。聞きたくない言葉を、最悪のタイミングで聞かせるのだから。
「おめでとうございます、美雪さん」
ドアのそばに立った瞬間、隣の部屋からはっきりと医師の声が聞こえてきた。
「妊娠五週目ですね。赤ちゃんは順調に育っています」
五週目。
私とまったく同じだ。
握りしめた拳の中で、検査結果の用紙がくしゃりと音を立てた。
「本当に? 剛臣、聞こえた? あたしたちの赤ちゃん、元気だって!」
薄い壁越しに響く美雪の興奮した声が、針のように私の鼓膜を刺す。
「もちろん元気さ」
剛臣が答える。そこには、私が一度も向けられたことのない誇らしさと慈愛が満ちていた。
「君はこんなに強いんだから、赤ちゃんが元気じゃないわけがないだろう?」
私の世界が、ガラスのように砕け散った。
五週間前。それは剛臣が出張から戻ってきた週末だった。私たちは二度抱き合った。一度は彼のマンションで、もう一度は私の部屋で。会えなかった時間を埋め合わせたい、と彼が言ったのを覚えている。
確かに彼は「埋め合わせ」をしていたようだ――私ひとり相手に、ではなかったけれど。
「羽澄さん?」
担当医が入ってきたが、ホルモン値や治療の選択肢について説明する彼女の言葉は、頭に入ってこなかった。壁の向こうから聞こえる剛臣の笑い声だけが、耳にこびりついて離れない。それは、私が彼から一度も引き出したことのない、心からの幸せの声だった。
昨日の絶望的な宣告を裏付ける診察を終え、私は足元がおぼつかないまま、まるでゾンビのように駐車場へと向かった。セカンドオピニオンの結果も同じだった。癌、妊娠、そして不可能な選択。
そこでまた、彼らの姿を目にした。
剛臣は、まるで壊れ物を扱うように慎重に、美雪のシートベルトを締めてあげていた。さらに薬局の袋から妊婦用の葉酸サプリを取り出し、彼女のバッグに丁寧にしまっている。
あれは最高級品だ。私がクーポンを使ってドラッグストアで買っている、ドラッグストアの安いものとは違う。
「男の子かな、女の子かな?」
美雪の声が風に乗って聞こえてくる。
「元気ならどっちでもいいさ」剛臣は答えた。「お前みたいに、とびきり丈夫ならね」
私はその光景を見つめたまま、震える指で剛臣の番号をダイヤルした。剛臣の携帯が鳴る。彼はそれを取り出し、私の番号を確認すると、無表情で通話を切った。
「仕事の電話だ」と彼は美雪に言った。「大した用事じゃない」
大した用事じゃない。
私は車の中に座り、彼らが去っていくのを見送った。剛臣の黒いメルセデスが、もう一人の妊婦を乗せて走り去り、視界から消えていく。
私は二番目の女。病気の女。邪魔な女なのだ。
午後は魂の抜けた人形のように、部屋の中をさまよって過ごした。キッチンテーブルには二通目の検査結果が散らばっている。それは私の体と剛臣による、二重の裏切りの証拠品のようだった。
六時ちょうどに、剛臣が帰宅した。
私の好きなテイクアウトと、ピンクの薔薇の花束を抱えている。トレーニングウェア姿で、髪は少し濡れている。まさにジムから帰ってきたばかりという格好だ。
「ただいま、真琴」彼は近づいてきて私の頬にキスをした。「寂しかった?」
私は無理やり笑みを作った。「もちろん。今日はどうだった?」
「ジムで数時間汗を流してから、仕事のトラブル処理をしてたよ」テイクアウトの包みを開けながら、彼は滑らかに嘘をついた。「パートナー企業と揉めててさ、仲裁にかなり時間がかかっちまった」
完璧な演技だった。もし今日の一部始終を目撃していなければ、言葉通りに信じていただろう。
「それは大変だったわね」私の声は予想以上に落ち着いていた。
剛臣は私の隣に座り、優しくお腹を撫でた。「君の方はどうだった? つわりは?」
その心配そうな声色に、私は危うく騙されそうになる。彼が本当に私とこの子を気にかけているのだと、信じてしまいそうになる。
「悪くないわ」と私は答えた。「少し疲れてるだけ」
「普通のことだよ」と彼は言う。「妊娠初期はそういうものさ。君と赤ちゃんを大事にしなきゃな」
『僕たち』。『赤ちゃん』。その言葉は彼の口から出たものだが、今日、彼が別の女性に同じことを言っていたのを私は知っている。
「剛臣」私は探るように尋ねた。「私のこと、愛してる?」
彼は箸を止め、私を見た。その瞳に何かが走る――驚き? 罪悪感? だがそれはすぐに優しさに取って代わられた。
「当たり前だろ、真琴。なんでそんなこと聞くんだ?」
「ただ……時々、私たちの間に何かがあるような気がして」
剛臣は箸を置き、両手で私の顔を包み込んだ。「いいかい、最近仕事で気が散ってたのは認めるよ。でも、君が妊娠したんだ。これからはすべてが変わる。俺たちの未来のために、もっと頑張るよ」
彼は私の額にキスをした。温かく、誠実さを感じさせるキスだった。
「俺たちの未来のためなら、どんな苦労も厭わないさ」と彼は囁いた。
私は目を閉じ、彼に抱かれるがままになった。慣れ親しんだ彼の匂いを吸い込む一方で、心は粉々に砕け散っていく。
でも、私は真実を知っている。どこか別の場所で、別の女性が同じ抱擁を受け、同じ約束を聞き、同じ嘘をつかれていることを。健康な彼女が彼の健康な子供を宿している一方で、私は彼の望まない子供と共に、ここで死にかけている。
今、私は岐路に立たされている。すべてを暴露するか、それとも知らないふりを続けるか。
私は食事に戻った剛臣の横顔を見つめながら、今日彼が美雪に向けていたあの慈愛に満ちた光景を思い出していた。
