第2章
「行かせない!」
文太は硬い口調で言った。
私が返事をしようとしたその時、背後から控えめなノックの音が聞こえた。高橋グループの首席秘書である小林が、神妙な面持ちで社長室のドアの前に立っていた。
「高橋社長、お忙しいところ大変申し訳ありません。藤原様のご容体が再び悪化し、医師によれば予断を許さない状況とのことです。至急お越しください」
高橋賢治の眉がすぐに寄せられ、その目には一瞬、焦りの色がよぎった。彼は私に向けた視線に苛立ちを滲ませる。まるで私が、彼が真実の愛する人のもとへ駆けつけるのを邪魔する障害物であるかのように。
文太の表情が瞬時に変わった。精巧な作りの制服を着た彼は、焦って父のスーツの袖を掴む。
「お父さん、朝美おばさんはどうしたの? 早く見に行こうよ!」
彼は私の方へ向き直ると、まだ幼い顔に父親と瓜二つの冷淡な表情を浮かべた。
「これ以上言うことを聞かずに家に帰らないなら、警備員に頼んで連れ帰らせるから」
この六歳の子供は、大人のような口ぶりで私に言った。
「お父さんのお金を使い、お父さんの家に住んでいるだけで、会社には何の貢献もしていない。まったく、高橋家の恥だ! 朝美おばさんこそが、僕のお母さんになるべきなんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心は刃物で切り裂かれたように痛んだ。この、私のお腹の中で十ヶ月を過ごした子供が、これほどまでに人を傷つける言葉を口にするなんて。
結婚して三年目、高橋賢治は突然藤原朝美を会社に連れてきて、彼女を特別補佐に任命した。
システムが私の頭の中で補足する。
『藤原朝美と高橋賢治は幼い頃から共に育ちました。彼女はあなたよりも彼の痛みを理解しており、その関係は当然ながら特別なものです』
私はその配置を受け入れようと努力した。あの日までは。書類を取りにオフィスへ予定より早く戻り、ドアを押し開けた時、高橋賢治が藤原朝美をデスクに押し倒しているのを見てしまった。二人の衣服は乱れ、空気には艶めかしい気配が満ちていた。
「何してるの?」
私は衝撃のあまり尋ねた。
高橋賢治は服を整えたが、その眼差しに罪悪感のかけらもなかった。
彼は冷ややかに言い放つ。
「君は君で、妻の役をしっかり演じてくれ。朝美のことは……彼女は俺の愛する人だ」
私は崩れ落ちた。
高橋が他の女を愛しているからではない。私が一生、家に帰れないかもしれないからだ。
私は泣きながらシステムに家に帰してほしいと懇願した。
システムの応答は一筋の電撃だった。激痛に私は膝から崩れ落ちる。
『任務未了。攻略値はまだ100%に達していません。帰りたければ、努力を続けてください』
『子供を産みなさい』
システムは自ら提案してきた。
『そうすれば、攻略成功の可能性は大幅に上がります』
そして、私は妊娠した。
高橋賢治はそれに対して異常なほど冷静だった。
「朝美が言っていた。子供がいれば、お前の家での立場も固まるだろうと。これはお前に対する彼女の憐れみと寛大さだ。今後はもう彼女をいじめるな」
分娩の日、藤原朝美が突然発作を起こし、高橋家の全医療チームが彼女の看病のために動員された。
私はたった一人か二人に見守られながら、病院で独り子供を産むしかなかった。
文太が生まれてから、彼が高橋賢治にあまりにも似ていることに気づき、私は常に不安を感じていた。
私は彼をきちんと教えようと試みたが、彼はいつも苛立たしげに首を横に振るだけだった。
「朝美おばさんが言ってた。そんなものは役に立たないって。僕の家のスタートラインは他の人より高いんだから、今一番大事なのはビジネスの知識と伝統的な礼儀作法を学ぶことだって」
最も心が痛んだのは、去年の出来事だ。
藤原朝美が洗練されたスーツ姿で私のプライベートマンションの前に現れた。文太は彼女を見るやいなや、興奮して駆け寄り、「朝美お母さん」と呼び、新しく覚えたダンスや歌を意気揚々と披露しようとした。
藤原朝美は優しく彼を抱きしめ、それから不思議そうに私を見た。
「あの方が、あなたのお母さんなの?」
文太は軽蔑するように言った。
「あの女のお腹は妊娠線だらけで、すごく醜いんだ。できるなら、僕は君にお母さんになってほしい」
藤原朝美はくすりと笑い、指で文太の髪を撫でた。
「私があなたのお母さんだったらよかったのにね」
私は息もできないほど悲しかった。
私が十ヶ月も身ごもり、血を分けたはずのこの子が、最も鋭利な手段で私を傷つけている。
私と藤原朝美が顔を合わせたと知った高橋賢治は、慌てて駆けつけ、藤原朝美が無事なのを確かめると、私に冷たく警告した。
「朝美によからぬ考えを起こすな。彼女はあれほど善良で、お前とは全く違う人間なんだ。分かったか?」
私は高橋グループ本社のガラスのドア越しに、高橋賢治、藤原朝美、そして文太がまるで本当の家族のように専用エレベーターで去っていくのを見ていた。
彼らの笑顔はあまりにも自然で、あまりにも真実味にあふれていて、私だけが部外者だった。
幸いなことに、たとえ十年が過ぎ去っても、私ははっきりと分かっていた。
私は永遠に、ここの人間ではないのだと。
