第287章

加藤枝子がその場を離れなかった理由はただ一つ。坂東勝が慌てて追いかけてきて、自分に頭を下げるのを待っていたからに他ならない。

二人の関係は切っても切れない腐れ縁だ。これまでも衝突するたびに、折れるのは決まって彼の方だった。今回も例外であるはずがない──枝子はそう高を括っていた。

しかし予想は裏切られた。どれほど長く待っても、坂東勝が姿を現す気配はなかった。

枝子の顔に浮かんでいた優越感は、瞬く間に消え失せた。店に乗り込んで坂東勝を問い詰めたい衝動に駆られたが、再びあのクラブの敷居を跨ぐ勇気は、今の彼女には残されていなかった。

先ほど店を出た時の、あの強気な啖呵はどうだ。「二度と会わな...

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