第2章

美月視点

今にして思えば、あの夜からすべてが始まった。いや——すべては、私が仕組んだことだった。

里奈の葬儀から二週間後、私は彼女が宝物にしていた心理学の教科書を胸に抱き、黒沢昭彦教授の研究室のドアの前に立っていた。夕暮れ時の心理学棟はしんと静まり返り、どこか遠くから清掃員のモップが床を擦る音だけが、かすかに響いている。

私は、蜘蛛が巣を張るように、緻密に計算し尽くした姿でそこにいた。泣き腫らした赤い目元、か細く震える身体、そして身体の線をなまめかしく拾う、薄手の白いセーター。首元はわざと広く開け、白い鎖骨と胸の谷間をわずかに覗かせている。

研究室のドアが開いたとき、私はまるで糸が切れた人形のように、ドアフレームに身体を預けていた。計算された「偶然」だ。

「美月君か」

彼の声には心配の色が滲んでいたが、その視線が、値踏みするように私の鎖骨から胸元へと滑り落ちたのを、私は見逃さなかった。

私は涙で潤んだ瞳で彼を見上げる。この男、里奈を殺した犯人が、今、その貪るような目で私を見ている。込み上げる吐き気を、か弱い微笑みの下に隠した。

「黒沢教授……」

私の声は、練習通りに震えていた。

「里奈がいなくなって……あの子、教授のことを一番信頼してるって、いつも言ってたんです。私、もう誰を頼ればいいのか、わからなくて……」

彼の表情が、瞬時に複雑なものに変わる。その瞳に欲望と打算がちらつくのが見えた。彼は一歩前に出ると、慰めるように私の両肩に手を置く。その指先が、これみよがしに私の鎖骨をなぞった。

「美月君、そんなに自分を責めてはいけない」

彼の声は、囁くように低くなった。

「里奈君の死は、我々全員にとって大きな打撃だった」

——完璧。餌に食いついたわ。

私は意図的にさらに身を寄せ、柔らかな胸を彼の厚い胸板に押し付けた。

「教授……夜も、眠れないんです。教授のことだけを考えていると、少しだけ……心が安らぐんです」

黒沢の呼吸が、目に見えて荒くなる。肩に置かれた手に、無意識に力がこもった。

「中に入って座りなさい。こういう時は、一人でいるより誰かと話した方がいい」

彼の研究室は暖かく、マントルピースでは炎が静かに揺らめいていた。壁一面の本棚には、心理学の専門書がずらりと並んでいる。まるで知性の城だ。——この場所で、あの残忍な計画が練られたとは、誰が想像できるだろう。

「君のために何かしてあげたいと、ずっと思っていたんだ」

黒沢は熱い紅茶を注ぎながら言った。

「里奈君の一件で……我々は学生へのサポートが十分でなかったと、痛感させられたよ」

カップを受け取った私は、わざと指を震わせ、熱い紅茶を手の甲にこぼした。

「あっ……ごめんなさい、私——」

「大丈夫だ」

彼はすぐにティッシュを取り出し、私の手を拭う。その手つきは、獲物をいたぶるように優しかった。

「大丈夫。話してごらん。親友を失った痛みは、一人で抱え込むべきものじゃない」

それだ。彼の方から罠にかかりに来た。心の中では祝杯をあげながら、表向きは涙ぐんだ感謝の表情だけを見せる。

「先生が……助けてくださるんですか」

私は彼の手を握りしめ、目に涙を溜めた。

「今、私の苦しみを分かってくださるのは先生だけです。里奈も生きていた頃、『悩みがあったら黒沢教授のところへ行きなさい。きっと力になってくれるはずよ』って言っていました」

黒沢の眼差しはさらに優しさを増したが、その奥に隠された飢えを、私ははっきりと感じ取っていた。そう、彼は必要とされ、崇拝され、救世主を演じるのが好きなのだ。それが彼の弱点——そして、私の最大の好機。

その後の数回の「悩み相談」でも、私の演技は完璧だった。絶妙なタイミングで弱さを見せ、計算された瞬間に涙を流し、子犬のように縋るような眼差しで彼を見つめ続けた。

三回目のカウンセリングで、私は最後の賭けに出た。

「教授と里奈は、付き合っていたんですよね」

黒沢の表情が翳る。彼は立ち上がって窓辺へ歩いていき、長い間、私に背を向けていた。

「里奈君と私は……」

彼は重い溜め息をつき、ようやく口を開いた。

「確かに、特別な関係だった。だが、もう終わっていたんだ。彼女の死を経験し、私は、まだここにいる者たちを守らなければならないと気づかされた」

特別な関係? 心の中で、冷たく笑う。反吐が出る。

私は静かに立ち上がり、ゆっくりと彼の背後へ歩み寄った。

「教授……私を、守ってくれますか」

私は涙を目に溜め、声を詰まらせる。

「里奈がいなくなって、私、とても寂しいんです」

「もし先生まで私を見捨ててしまったら、私……」

私は彼の逞しい背中に、そっと身体を預けた。彼の心臓が速く脈打っているのが、服越しに伝わってくる。

「この痛みを忘れさせてくれるのは、先生だけなんです」

黒沢の手が震えながら私の頬に触れ、そしてゆっくりと首筋へと下りてきた。

「美月君……君はまだ若い。我々は……」

だが、彼の身体は本音を語っていた。服越しに伝わる硬い感触が、彼の欲望を雄弁に物語っている。その瞳から、理性の最後の砦が崩れ落ちていくのが見えた。

「でも、私は先生が欲しいんです」

私は彼の正面に回り込み、指を彼のベルトに滑らせた。

「お願い……私を、拒絶しないで」

今度こそ、彼は完全に堕ちた。その手が乱暴に私の腰を掴み、攻撃性と所有欲に満ちたキスで私の唇を塞ぐ。私は恥じらうふりをしながらも、彼の獣性を煽るように、しなやかな身体をさらに密着させた。

その夜、研究室を照らすのは揺らめく暖炉の光だけだった。獣のように私の肌を貪り、熱い楔を打ち込むように乱暴に身体を貫かれたとき、私は痛みと嫌悪感に奥歯を噛み締めながら、恍惚の表情を浮かべて喘いでみせた。

「美月……君は、私を狂わせる」

彼は私の耳元で喘ぎ、その動きはさらに激しくなる。

「ああ……っ」

私は内心で嘲笑しながら、必死に絶頂を演じた。この自信過剰な愚か者は、自分がすでに私の蜘蛛の巣に絡め取られたことなど、知る由もない。

翌朝、用務員が黒沢の研究室から出てくる私を目撃したことで、噂はあっという間にキャンパス中に広まった。

「今朝、美月が黒沢教授の研究室から出てくるの見た?」

「うそ、まさか二人って……」

「あの子、自分が何やってるか分かってるのかしら。里奈が可哀想」

黒沢が私を見つけたとき、私は図書館の隅で「泣いて」いた。

「みんなが私のこと、ひどい女だって……」

私は傷ついた瞳で彼を見つめ、その腕に縋りつく。

「里奈が亡くなってまだ間もないのに、先生を誘惑したって……私はただ、悲しかっただけで、そんなつもりじゃなかったのに!」

黒沢の表情が、決意と独占欲に満ちたものに変わった。

「もういい。君にこれ以上、屈辱は味わわせない」

「美月」

彼は私の手を取った。

「私の恋人になってくれ。君を堂々と守る権利を、私に与えてほしい」

私は驚きと恥じらいを完璧に演じ分け、彼の名前を呼んだ。

「昭彦さん……本当に?」

「ああ。これほど確信したことはない」

彼は、獲物を射竦めるような目で私を見つめた。

「それじゃあ……はい、喜んで」

私は、未来の破滅を予感させる、甘い微笑みを彼に返した。

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