第1章
深夜十時。私のペットサロンには、テーブルランプのかすかな光だけが残っていた。
私は凝り固まった目を揉みほぐす。今日は十三匹もの犬のトリミングをして、手首がちぎれそうだ。立ち上がって作業台を片付けようとした時、隅の方にタオルで覆われたタブレット端末が置いてあるのに気がついた。
「慎太郎ったら、また忘れ物」
私は呆れて首を振る。これで今月もう三度目だ。
電源を落とそうとタブレットを手に取ると、画面が自動的にぱっと明るくなった。
現れたのは、とある掲示板のページ。『既婚者の本音』というタイトルが目に飛び込んでくる。
私は眉をひそめた。慎太郎がいつからこんな掲示板を見るようになったのだろう?
好奇心に駆られてページを開くと、一番上に表示されたユーザーネームに心臓が跳ねた。
「ScriptShin」
このユーザーネームには何度も見覚えがあった。夫である田村慎太郎が、様々なサイトで使っているIDだ。
私の指は震えながらも、最新の投稿履歴をタップしていた。
『やむを得ず幼馴染と結婚したが、本当に俺を理解してくれるのはあの人だけだ……』
『毎日家に帰って妻の顔を見るのは、まるで芝居をしているようで疲れる……』
『もしあの時、母さんの脅しがなければ、俺はとっくに真実の愛を貫いていたのに……』
一文字一文字が、鋼の針となって私の心臓に突き刺さる。私は下唇をきつく噛みしめ、無理やり続きを読むよう自分に言い聞かせた。
『妻はペットのトリミングしか能がない。芸術なんて全く理解できないんだ。俺たちの間に共通の話題はなく、毎日の会話といえば「今日は疲れた?」「ご飯できたよ」といった無意味なものばかり……』
『あの人は違う。彼女は俺の創作を理解し、夢を応援してくれる。彼女と一緒にいる時だけ、俺は自分が本当に生きていると感じられるんだ……』
『俺はチャンスを待っている。潮時が来たら離婚するつもりだ。あの人はもう三年も俺を待ってくれている。これ以上彼女を失望させるわけにはいかない……』
世界がぐるりと回り、手にしたタブレットを危うく落としそうになった。
三年! 私たちが結婚して三年、彼は三年間も私を裏切っていたというのか!
この三年間における慎太郎の様々な振る舞いが脳裏をよぎる。頻繁な深夜までの残業、優しくもどこか距離のある態度、どんどん減っていく夜の営み、いつも上の空だったこと……。
それは仕事のプレッシャーでも、結婚生活の倦怠期でもなく、ただ彼の心に別の女がいたからだったのだ!
私は無理やり冷静さを取り戻し、投稿を読み進めた。
最新の返信の中に、私は決定的な情報を見つけた。
『「星の絵師」が今日また新作を発表してた。本当に才能の塊だよ。あんな子と愛し合えるなんて、俺は人生で一番の幸運を手にしたんだ……』
星の絵師?
私はそれが「あの人」のハンドルネームかもしれないと察した。
すぐさまそのニックネームで検索すると、あるイラストレーターのポートフォリオが画面に表示された。
画風は精緻で繊細、少女趣味に満ちている。どのイラストの下にも「渡辺星奈」という署名があった。
渡辺星奈……その名前に記憶の片隅で覚えがあった。慎太郎が時折、会社にいるアニメーターのことを口にしていた。彼女はとても才能があって、よく創作について語り合うのだと……。
「そういうことだったのね」
私は乾いた笑いを漏らした。
夫の浮気相手は、なんと会社の同僚だったのだ。そしてこの馬鹿な妻は、かつてそんな人材を見抜いた夫には見る目があると褒めてやったことさえあった。
店内は恐ろしいほど静まり返り、壁に掛かった時計の秒針が時を刻む音だけが響いている。私は掲示板のページを睨みつける。慎太郎はここで「真実の愛」への想いを吐き出し、私への嫌悪を綴り、離婚の計画を練っている……。
泣きたかった。叫びたかった。この忌々しい電子機器をすべて叩き壊してやりたかった。
だが、私はそうしなかった。
三年間ペットトリマーとして働いてきたおかげで、私の忍耐力と緻密さは培われてきた。理性のない動物でさえ理知的に対処できるのに、たかが人間一人に心を乱されてどうする?
私は深呼吸し、整然とスクリーンショットを保存し始めた。一つ一つのスレッド、一つ一つの返信、一つ一つのなまめかしい絵文字まで、私は丹念に記録していく。
もし慎太郎が離婚したいのなら、もし彼がその「真実の愛」とやらと一緒になりたいのなら、望み通りにしてあげよう。
だがその前に、この犬畜生以下の男女には、相応の代償を支払ってもらわなければ。
時計の針が午前一時を指す頃、私はようやく全ての証拠を収集し終えた。タブレットの電源を切り、再びタオルをかけ、まるで何もなかったかのように元に戻しておく。
明日から、私は自分の調査を始める。
その「星の絵師」とやらが一体どんな女なのか、慎太郎が私たちの三年間をどのように裏切ってきたのか、この目で確かめてやる。
そして何より、この犬畜生以下の男女に代償を支払わせるのだ。
私はテーブルランプを消し、店のドアに鍵をかけた。
夜風が頬を撫でる。私は、今ほど自分が醒めていると感じたことはなかった。
