第1章

スターライトホテルのバンケットホールは、結婚式の熱気が最高潮に達していた。

私は高橋奏の腕に手を絡ませ、招待客一人ひとりに微笑みながら感謝を伝えていた。

突如、その和やかな雰囲気を破るように、ざわめきが起こる。

白いワンピースを着た女の子が、ふらつきながら私たちの方へ歩いてくる。メイクは綺麗に施されているものの、酔いのせいで乱れていた。

「お姉さん、おめでとう」

女の子の視線はまっすぐ私に注がれ、その声は酔いを含みながらも、はっきりとしていた。

高橋奏の顔が瞬時に曇る。彼は低く囁いた。

「ふざけるな」

彼のそんな表情は見たことがなく、私の心はきゅっと締め付けられた。

「妊娠してるんだって?」

女の子は続けて問い、私の少し膨らんだお腹に視線を落とした。

「子供の名前、なんてつけるつもり?」

私は妊娠五ヶ月のお腹をそっと撫でる。心の中では不快感を覚えつつも、微笑みを保ち、静かに答えた。

「愛称は星月にしようと思ってるの」

「星月?」

女の子の目に異様な光が宿り、彼女は苦笑いを浮かべた。

「星月なんてつけられるわけないじゃない。彼はもう、星月を捨てたんだから」

私の腕にかかる高橋奏の指に力がこもる。彼の緊張が伝わってきた。横目で彼を見ると、呼吸が荒くなり、顔の筋肉が微かに引き攣っているのが分かった。

「すみません、俺の同級生で、酔っ払ってるんです」

田中が女の子の腕を掴み、私たちに申し訳なさそうに笑いかけた。

「すぐにホテルに送りますから」

田中は月島旭の幼馴染で、今日の結婚式にも参加してくれていた。

彼はひどく慌てた様子で、急いで女の子を外へと引きずっていく。

バンケットホールの客たちはひそひそと囁き合っている。全員の視線が私に集まっているようで、とても居心地が悪かった。

私は探るように月島旭に尋ねた。

「彼女、誰なの?」

「昔の同級生だよ」

月島旭は私の視線を避け

「取引先の方を見てくる。西田部長が酔っ払ってるみたいだから」

そう言うと彼はそそくさと立ち去り、私は一人その場に取り残された。心にわけのわからない不安が広がり始める。

控室に戻ると、親友の鶴見凛子が精巧なギフトボックスを持って入ってきた。

「あなたにって、誰かから預かったわよ」

彼女は不満げに唇を突き出した。

「誰から?」

さっきの女の子のことが頭に浮かぶ。

「さっきの白いワンピースの子よ」

凛子は私の隣に腰を下ろした。

「裏庭ですごい泣いてたわ。周りの目も気にしないで。人の結婚式で、人の旦那さん相手に泣くなんて、厚かましいにもほどがあるわよね」

「きっと、お酒を飲んで取り乱しちゃっただけよ」

私は自分に言い聞かせるように言った。

「心配しないで、詩織」

凛子は私の手をぽんぽんと叩き、私を慰めてくれた。

「高橋奏が有名な愛妻家だってことはみんな知ってるんだから。あなたを裏切るようなことはしないわよ」

それもそうね。

彼が私を追いかけていた時は情熱的で、誰もが彼は本気で私を愛していると言っていた。彼と結婚すれば絶対に幸せになれる、と。

どうして彼を疑ったりできるだろう?

きっとあの子は、場の雰囲気に当てられて、自分の彼氏のことを思い出してしまっただけ。ほら、結婚祝いのプレゼントまでくれたんだもの。きっと私の結婚式を邪魔してしまって、申し訳なく思っているのよ。

私は気持ちを切り替えて、ギフトボックスを開けた。

中には精巧なティーセットが入っていた。その上に一枚のメモが添えられており、綺麗な字体で名前が署名されていた——星野月。

心臓が大きく跳ねた。

星野月——!?

高橋奏のSNSアカウントの名前は、すべて「星月」。

なぜその名前にしたのかと尋ねた時、彼は星と月が好きだからだと言った。私も星と月が好きだから、これまで一度も疑ったことはなかった。

今になって真剣に考えてみれば、結婚式でのアクシデント、あの女の子の異常な振る舞い……この「星月」は、もしかして「星野月」のことだったのでは?

涙が音もなく頬を伝う。心の中に疑惑と恐怖が津波のように押し寄せてきた。

「凛子」

私は彼女の手を強く握り、抑えたせいで声が震えた。

「奏を連れ戻してきて。今すぐ会わなきゃ」

彼女は涙でぐしょぐしょの私の顔を見て、慌ててなだめてくれた。

「わ、分かったわ、探してくるから! 泣かないで、妊娠してるのよ!」

私は震える手でスマホを凛子に渡した。

「彼に電話して。ビデオ通話で」

凛子はスマホを受け取り、高橋奏のLINEにビデオ通話を発信した。

一度、二度、どちらも切られた。三度目の発信で、ようやく電話は繋がった。だが、音声だけで映像はない。

「詩織、どうした?」

電話の向こうから聞こえる高橋奏の声は、どこか緊張しているようだった。

「どこにいるの?」

凛子がすかさず尋ねる。

彼は半秒ほど躊躇い、「すぐ戻る」とだけ言った。

私は凛子の手からスマホをひったくり、怒りで震える声で叫んだ。

「まだホテルにいるんでしょ? 彼女のところに行ったのね?」

短い沈黙の後、高橋奏は慎重に答えた。

「状況を確認しに行っただけだ」

「星野月って誰なの!?」

私はほとんど叫んでいた。涙が制御できずに流れ落ちる。

電話の向こうは長い沈黙に陥った。その沈黙は、どんな答えよりも雄弁に事実を物語っていた。

私は電話を切り、顔を覆って泣きじゃくった。

これほど惨めな思いをしたことはない。結婚式の当日に、私の夫は別の女の影を追いかけている。

三年。

高橋奏と恋をして丸三年。彼のすべてを知っているつもりだったのに、SNSのアカウント名「星月」が、別の女の名前の略だったなんて思いもしなかった。彼は私たちの子供の愛称を「星月」にしたいと言い、私は「いいわね、私も星空と月が好きだから」なんて、無邪気に答えていた。

今、真相が明らかになった……。

それじゃあ、高橋奏の心の中で、私はいったい何だったの? 私の三年間は、いったい何だったの? 私はただ、星野月の代用品だったっていうの?

三十分後、高橋奏が汗だくで控室に飛び込んできた。彼は凛子がいるのを見ると、深く頭を下げた。

「凛子さん、詩織と二人で話させてもらえないでしょうか?」

凛子は私に視線を送り、私が頷くのを見て、不承不承といった様子で部屋を出て行った。

「星野月は誰?」

私は再び尋ねた。声はずっと穏やかになったが、心はナイフで抉られるようだった。

高橋奏は俯き、低い声で言った。

「俺の元カノだ。七年付き合って、別れてから四年になる」

「まだ彼女を愛してるの?」

私は彼の目をまっすぐに見つめた。

高橋奏は顔を伏せ、黙り込んだ。

目眩がした。

「彼女とは何もなかった。ただ、様子を確認しに行っただけだ」

彼はようやく口を開いたが、それは弁解に過ぎなかった。

私は冷たく笑った。

「つまり、あなたの自制心に感謝しろってこと?」

高橋奏は私がそう返すとは思わなかったのか、一瞬呆然とし、それから平然と言った。

「結婚式は最後までやり遂げる。この件はなかったことにしてくれ」

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