第3章
「私が彼のベッドに潜り込んだ?」
「誰があなたのベッドに潜り込んだって言うのよ。あの日はあなたが無理やり私を部屋に連れ込んだんじゃない。お酒の飲み過ぎで脳みそがふやけたの?」
無理やり関係を持ったのは彼の方だ。私の初めてを奪っておいて、逆ギレするなんて!
碧井天川(あおい・てんかわ)は冷ややかに鼻を鳴らし、手首を掴む力をわずかに強めた。
「俺の前で小賢しい真似をするな。俺は計算高い人間が一番嫌いなんだ」
あの夜はただの事故だと思っていたが、まさか彼女の周到な計算だったとは。
この女、見た目ほど無害ではない。若いのにこれほど深い計略を巡らせるとは!
藍原華月(あいはら・かげつ)は心を沈め、弁解しようと口を開いた。
「私はそんなこと……」
「さっき、私生活が乱れていると言ったな? 不妊だと?」
碧井天川は低く笑った。その笑い声には微塵の温かみもない。
「そんな戯言を信じるとでも? それとも、俺がそんなに騙しやすい人間に見えるか?」
彼の親指が彼女の顎のラインをなぞる。その目はナイフのように鋭い。
「あの夜、君は明らかに初めてだった」
あの夜の、彼女の締まりと柔らかさを思い出し、碧井天川の瞳の色が暗くなる。
「違うわ!」
藍原華月は少し焦り、適当な言い訳を口にした。
「処女膜再生手術っていう手術があるのを知らないの?」
今の彼女の頭の中は、碧井天川に婚約を破棄させることでいっぱいだった。
碧井天川は呆れて笑った。
「俺が信じると思うか?」
「本当よ、信じないなら調べればいいわ!」
碧井天川は彼女に顔を寄せた。温かい吐息が耳にかかり、危険な気配を漂わせる。
「いいだろう。今すぐ主治医を呼んで、俺の目の前で検査させてやる。もしその報告書が偽物だと分かったら……」
彼は言葉を切り、冷徹さを溢れさせた目で言った。
「藍原家がどうなるか、分かっているな」
駆け引きなど、彼には通用しない。
藍原華月の顔が一瞬で青ざめた。主治医が調べれば、報告書が偽物だとすぐにバレてしまう。
碧井天川の強引さの前では、彼女の小細工など笑い話に過ぎない。
彼女は藍原家を賭けの対象にする勇気はなかった……。
「……結婚に同意するわ」
満足のいく答えを得て、碧井天川はようやく彼女の顎を離したが、声は相変わらず冷たかった。
「二度とくだらない真似はするな。さもないと、何をするか保証できないぞ」
彼女の退屈なゲームに付き合う忍耐などない!
これ以上言葉を交わす気にもなれず、碧井天川は車に乗り込んだ。ドアが閉まる瞬間、冷ややかに藍原華月を一瞥する。
走り去る車のテールランプを見つめながら、藍原華月の手から診断書がひらりと落ちた。
絶対的な権力の前で、自分がいかにちっぽけな存在か、彼女は初めて痛感した。
すぐに結婚式の日がやってきた。
藍原華月は豪華な純白のウェディングドレスに身を包んでいた。胸元の小さなダイヤモンドが照明を受けて眩い光を放つ。
鏡の中の自分を見つめ、藍原華月は少し呆然とした。まさかこんなふうに結婚することになるなんて。
司会者が壇上に上がり、咳払いをした。
「ご来賓の皆様。新郎は急用により、本日の挙式に出席できなくなりました。そのため、代理として助手が式を執り行います」
その言葉に会場は騒然となった。ゲストたちは一斉に藍原華月を見る。嘲笑、同情、そして他人の不幸を喜ぶ視線……。
それらの異様な視線は、無数の冷たい針のように藍原華月の体に突き刺さった。
碧井天川が結婚式でこんな恥をかかせるとは、思いもしなかった。
両親は目を赤くし、心を痛めて藍原華月の手を握った。
「碧井家はあまりにも酷すぎる。説明を求めに行こう! いっそ結婚なんてやめてしまえ!」
藍原の父も怒りを露わにし、同意した。
「そうだ、嫁ぐのはやめだ。お父さんとお母さんは、お前にこんな屈辱を受けさせたくない!」
藍原華月は深呼吸し、必死に感情を抑えた。
「お父さん、お母さん。碧井家を敵に回すことはできないわ。私一人のために、藍原家全体を危険に晒すわけにはいかないの」
両親はそれを聞き、沈黙した。
碧井家の手段が強引で冷酷なのは周知の事実だ。もし本当に碧井家を怒らせれば、藍原家は永遠に京都から消滅してしまうだろう。
「でも、このまま嫁がせるなんて、心配で仕方がないわ」
母は心痛な面持ちだ。
藍原華月は母の手をそっと握り、わざと明るく振る舞った。
「お母さん、心配しないで。自分を粗末にしたりしないわ。今はまず式を済ませましょう。大勢のゲストに笑われるわけにはいかないもの」
両親は華月を心配しながらも、無力感に頷くしかなかった。愛娘が龍潭虎穴に飛び込むのを、ただ見ていることしかできないのだ。
碧井老人は顔を青ざめさせていた。
「碧井天川の馬鹿者はどこだ! 晴れの日に出席しないとは、全京都の笑い者にする気か!」
執事が恭しく身をかがめた。
「天川様はもともとこの結婚に抵抗されておりました。結婚を承諾されただけでも妥協されたのです」
「妥協だと?」
碧井老人は怒りを押し殺した。
「あいつを連れてこい!」
一方、碧井家の書斎にて。
「社長、本当に式に出席されないのですか? 大旦那様が激怒されますよ」
碧井天川は長い足を組み、ソファに気だるげに寄りかかっていた。手元のタブレットには結婚式のライブ映像が映し出されている。
藍原華月の顔色が青ざめ、途方に暮れている様子を楽しみながら、薄い唇に冷笑を浮かべた。
「結婚すると言っただけで、式に出るとは言っていない」
あの女は計算して碧井家に嫁ごうとした。祖父から母の情報を聞き出すためでなければ、碧井家の敷居を跨ぐ資格すらない。
今日の式は、俺を陥れた彼女への教訓だ!
司会者がマイクを持ったまま壇上で固まり、会場のざわめきはますます大きくなる。
突然、藍原華月がドレスの裾を持ち上げ、一歩一歩壇上へと上がった。そして司会者からマイクを受け取る。
「ご来賓の皆様」
彼女の声がスピーカーを通して会場全体に響き渡った。
「本日はお見苦しいところをお見せしました」
会場は一瞬で静まり返り、全員の視線が彼女に集中する。
「碧井天川氏は急な『用事』のため、出席できませんでした」
彼女は特に「用事」という言葉を強調し、口元に極めて薄い笑みを浮かべた。
「碧井家が代理人を立てた以上、式は続行します。碧井天川は今日、分をわきまえなかったかもしれませんが、私、藍原華月が嫁ぐのは碧井家であり、碧井天川個人ではありません。ですから皆様、引き続き私の結婚式を見届けてください」
この言葉は碧井家の面子を保ちつつ、同時に碧井天川を鋭く刺した。
碧井老人の顔色が少し良くなり、藍原華月を見る目に満足の色が浮かんだ。
同時に、これほど軽率な振る舞いをした碧井天川への怒りも増した。
結婚式での藍原華月の振る舞いを見て、碧井天川は体を起こした。顔色は恐ろしいほど陰鬱だ。
彼女を甘く見ていたようだ。二十歳の小娘が、これほどの胆力を持ち、あろうことか俺に皮肉を言うとは!
碧井家の本邸の寝室は広すぎて空虚だった。式が終わると藍原華月は寝室に送られ、深夜までずっと待たされていた。
結婚式の間、碧井天川は一度も姿を見せず、彼女は大勢のゲストの噂話の中で、一人で式の進行を終えたのだ。
