第4章

ドアのロックが外れる音がして、碧井天川が入ってきた。ベッドの端に座る、キャラクターものの部屋着を身に纏った藍原華月を見下ろす。

「今日は結婚式で随分と目立っていたようだな?」

 藍原華月はただでさえ怒りを押し殺していたのに、その皮肉な口調を聞いて、たまらず問い詰めた。

「どうして今日、式に出なかったの?」

 碧井天川は眉を高く上げ、嘲りに満ちた口調で言った。

「何を装っている? 藍原華月、被害者ぶるのはやめろ。苦労して碧井家に嫁ごうとしたんだ、目的は達しただろう。俺が式に出るかどうかが重要か?」

「重要よ!」

 藍原華月は勢いよく立ち上がり、胸を激しく上下させた。

「この結婚はあなたたち碧井家が強要したものよ。その上、今日全京都に私、藍原華月の笑い話を見せつけた! 私を何だと思ってるの? 好き勝手に侮辱できる飾り物?」

「違うのか?」

 碧井天川が一歩詰め寄り、彼女を見下ろした。その目は氷のように冷たい。

「俺が喜んで君を娶ったとでも? 祖父が無理強いしなければ、君がこの敷居を跨ぐ資格があると思うか?」

 藍原華月は彼の気迫に圧倒されたが、首を硬くして弱みを見せまいとした。

「あなたが望んだかどうかは関係ないわ。結婚した以上、私に相応の敬意を払うべきよ! 碧井天川、今日のあなたの振る舞いは、私を侮辱しただけでなく、お義父様の顔にも泥を塗ったのよ!」

「祖父を盾にするな」

 碧井天川は鼻で笑い、何か言おうとしたが、突然スマホがけたたましく鳴った。

 着信表示を一瞥すると、藍原華月を無視して画面をスライドさせ、外へ歩き出した。

「もしもし? ああ、すぐ行く」

 電話を切ると、彼は足早に出口へと向かう。明らかに出かけるつもりだ。

 藍原華月は駆け寄り、彼の前に立ちはだかった。

「今日は私たちの新婚初夜よ、どこへ行くつもり?」

 先ほど微かに聞こえたのは女の声だった。碧井天川のような男なら、外にどれだけの女がいるか分からない。彼女は気にしない、どうせこの結婚は取引に過ぎないのだから。

 しかし、今夜彼を行かせるわけにはいかない。今日彼が式を欠席したことですでに私と藍原家は恥をかいている。もし初夜に私を置いて他の女のところへ行ったと知れたら、藍原家は全京都の笑い者になってしまう。

「君に関係あるか?」

 碧井天川は眉をひそめ、苛立たしげに彼女を突き飛ばした。

「どけ」

 藍原華月はよろけたが、体勢を立て直すと、なおも頑固に彼を見据えた。

「新婚の夜にこのまま出て行ったら、明日には私が初夜に捨てられたというニュースが一面を飾るわ」

「だから? 俺に何の関係がある?」

 碧井天川は眉を上げ、冷たい嘲笑を浮かべた。藍原華月の立場など知ったことではない。

「だから、行っちゃダメ。今夜はここにいなきゃダメなの」

 今日の式で両親はすでに面目を失っている。もし碧井天川が初夜に彼女を捨てれば、藍原家は今後どうやって京都で顔を上げていけばいいのか。

 碧井天川は彼女を見下ろした。幼く無害な顔立ちなのに、今は強がってみせている。そんな彼女を見て、あの一昨日の夜を思い出した。

 彼の瞳が暗く濁る。藍原華月の顔に身を寄せ、しわがれた声で言った。

「なんだ、そんなに俺を引き止めたいのは、抱いてほしいからか? そんなに男に飢えているのか?」

 あの夜、初めて彼女の中に入った時のあの締まりと、膜の抵抗感がなければ、本当に彼女の私生活が乱れていると疑っていただろう。

 その言葉に、藍原華月は緊張して寝間着の裾を握りしめ、顔を赤らめた。

 口を開こうとした瞬間、碧井天川は突然体を起こし、いつもの冷淡な口調に戻った。

「藍原華月、俺が君を娶ったのは、碧井夫人の肩書きを与えたに過ぎない。それ以外のことは夢にも思うな!」

 祖父が母のことで取引を持ちかけなければ、絶対にこの結婚には同意しなかった!

 深呼吸をして、藍原華月は不快感を押し殺し、努めて平静な声を出した。

「碧井天川、この結婚はお互い望んだものではないわ。でも結婚した以上、お互いに最低限の敬意を払ってほしいの」

 碧井天川は鼻で笑い、身を乗り出して熱い息を彼女の首筋に吹きかけた。

「望んでいないのに、苦労して俺に嫁いだのか?」

 誰が苦労して嫁ぎたいなんて思うものか!

「碧井天川、はっきりさせておくけど、私が嫁ぐように仕向けたのは碧井家の方よ。あなたが藍原家を脅さなければ、碧井夫人の座なんて願い下げだわ!」

 碧井天川は目を細め、幽暗な瞳に怒りの炎を宿らせた。彼は一歩踏み出し、彼女の顎を掴んだ。

「自分の立場をわきまえろ。藍原家に手を出されたくなければ、少しは慎むんだな!」

 藍原華月の瞳が揺れた。悔しさと怒りが入り混じるが、藍原家を盾に脅されては、すべての不満を飲み込むしかなかった。

 碧井天川は手を離し、もう一度彼女を見ることもなく、背を向けて大股で去っていった。

 「バンッ」

 ドアが激しく閉められ、壁が揺れたような気がした。

 藍原華月は勢いよく起き上がり、ガウンを掴んで羽織ると、裸足で冷たい床を踏みしめた。瞳の奥の悔しさは、捨て身の勇気に変わっていた。

 どうして? たとえ政略結婚でも、こんなふうに踏みにじられていいはずがない!

 彼女は靴を履くのも忘れ、寝室を飛び出し、広いリビングを抜けて、老人の書斎へと直行した。

 碧井家の老人の書斎にはまだ明かりがついており、彫刻の施された窓枠から黄色い光が漏れている。

 書斎に入ろうとする彼女を見て、執事がすぐに立ちはだかった。

「旦那様は書道をされています」

 腹に据えかねていた藍原華月は、執事を突き飛ばし、手を上げて書斎のドアを激しく叩いた。

 ドンドンドン――

「お義父様! お話があります!」

 彼女の声は涙声だったが、異常なほど毅然としていた。

「今日のこと、説明していただかないと気が済みません!」

 書斎から老人の落ち着いた声が響く。

「入れ」

 身なりも整えず、乱れた姿の彼女を見て、碧井老人は眉をひそめた。不機嫌そうな口調だ。

「初夜だというのに、自分の部屋にもおらず、ここで何をしている?」

 碧井老人の書斎には白檀と墨の香りが漂っている。

 藍原華月は机の前に立ち、大きくはないが一言一句はっきりとした声で言った。

「お義父様、両家の結婚は注目されています。それなのに初夜に碧井天川は私を捨てて出て行きました。このことが知れ渡れば、私だけでなく、碧井家まで笑い者になります」

 老人は筆を持つ手を強く握りしめ、顔を上げた時には眉間に深い皺が刻まれていた。

「あいつはどこへ行った?」

 藍原華月は老人の視線を受け止めた。

「女の人からの電話を受けて出て行きました。私には止められません。この結婚はお義父様が進めたものです。それなのに碧井天川は私をこのように踏みにじりました。この件について、納得のいく説明をお願いします!」

「あの馬鹿者が!」

 老人は筆を宣紙の上に叩きつけた。濃い墨が紙の上に広がる。

「行け! 碧井天川を連れ戻せ! 縛ってでも、あいつをここに立たせるんだ!」

「はい、ただちに!」

 執事は躊躇することなく、すぐさま人を手配しに向かった。

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