第65章

碧井天川はスマホの画面を消し、こめかみを強く揉んだ。

「帰らない」

 藍原華月が、碧井奏との一年以上にわたる感情を認めたあの夜のことを思うと、胸の中を無数の蟻が這い回るような、むず痒くもどかしい焦燥に駆られる。その感覚は、彼を発狂寸前まで追い込んでいた。

「大旦那様からもう二度ほどお電話がありました。いつお戻りになられるのかと。このままでは、いつになったら曾孫の顔が見られるのかと仰せです」

 小林秘書が、碧井家の祖父の意向を恐る恐る伝えた。

 子供という話題が出た瞬間、碧井天川の苛立ちは一層増した。

 今の藍原華月の心には他の男がいる。そんな状態で、どうして彼女と夫婦の営みなど持...

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