第85章

碧井天川は眉をひそめた。

「こんな時間だぞ。お前一人でタクシーに乗せて帰すなんて、心配でできるわけないだろう」

「それなら運転手に迎えに来させればいいわ。あなたのお仕事のほうが大事よ。私のせいで遅れたりしたら大変だもの」

 藍原華月はあくまで物分かりの良い妻であろうとする。だが碧井天川にとって、それは面白くない反応だった。むしろ、「一緒に行きたい」と駄々をこねるか、「家まで送って」と甘えてほしかったのだ。

 それなのに、彼女はどこまでも聞き分けが良く、寂しがる素振りさえ見せない。

「一緒に来い」

 碧井天川は彼女の手を握ると、強引に自分のほうへと引き寄せた。

「接待の席に私を連...

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