第4章
東野十川に肩を掴まれた瞬間、病院の廊下の照明が目の前でぐらりと揺れた。
彼の力は強く、私は身を振り解こうとしたが、彼は決して手を離さず、指が深く肩に食い込んできた。
「一体、何がしたいんだ?」
彼の声は非難に満ちていた。
「なんで始子にこんな酷いことをする?」
周りを見回すと、自分が中心で囲まれていることに気づく。
温水始子の友人である田中麗、かつての同僚だった佐藤林、そして他の人々もそこに立って、まるで私が許されざる大罪人であるかのように、冷たい視線を向けていた。
「東野十川、まず私を離して」
私は最後の尊厳を保とうと、平静を装って言った。
彼は手を離したが、その眼差しには依然として怒りが満ちていた。
私は強く掴まれて痛む肩を揉みながら、深く息を吸い込む。
「私じゃない!この間、彼女とは一度も会っていないわ」
私は顔を上げ、東野十川の目をまっすぐに見つめた。
「温水始子が心臓発作を起こしたことだって、今日初めて知ったの」
田中麗が鼻で笑った。
「そう?じゃあ、誰が人を遣ってホテルで始子を脅したのかしら?誰がわざと彼女の前であなたたちの昔話を持ち出して、彼女を刺激したの?」
「何の話か分からないわ」
私は眉をひそめる。
「誰かを彼女の元に行かせるなんて、一度もした覚えはない」
田中麗が一歩近づき、ほとんど私の顔に触れんばかりの距離まで詰め寄る。
「だったら中に入って、始子の目の前で同じことが言える?彼女の心臓が悪いって知っていながら、よくもこんな仕打ちができるわね!」
佐藤林も口を挟んできた。
「宮子、君と始子に確執があるのは知ってるけど、何もここまでしなくてもいいだろう?彼女は君のお姉さんなんだぞ」
私は馬鹿馬鹿しさを感じた。この人たちは一体何様のつもりで、私の行動にあれこれ口出ししてくるのだろうか?彼らは、私と温水始子の間に何があったというのか。
「やっていないことに、弁解は必要ないわ」
私は顔を上げた。
東野十川が私の前に立ちはだかる。
「今の君は感情的になりすぎてる。君の言うことが本当か嘘かなんて、誰にも分からない」
「私が感情的?」
私は思わず笑い出しそうになった。
「真偽も確かめずに、ここで私を嘲って虐めているあなたたちは、感情的じゃないっていうの?」
田中麗が突然私を指さし、声を一段と張り上げた。
「本当に往生際が悪いわね。この世にあなたより悪辣な妹なんていないわよ!」
私は彼女たちの非難をこれ以上無視し、まっすぐに病室のドアを押し開けた。
病室の中では、温水始子がベッドに半身を起こしており、弱々しく青白い顔をしていた。
私が入ってきたのを見ると、彼女は目を見開き、体が明らかに震えだした。
「具合はどう?」
私は距離を保ったまま尋ねる。
彼女は私の問いには答えず、怯えたように私を見つめ、突然叫んだ。
「こっちに来ないで!」
東野十川がすぐに彼女のそばへ駆け寄り、私と彼女の間に庇うように立つ。
「宮子、君が彼女をどんなに怖がらせているか見てみろ!」
「私は何もしていない」
私は為す術もなく首を振る。
「ただ、はっきり聞きたいだけ。一体誰がホテルにあなたを訪ねてきたの?私は本当にそのことを知らないの」
温水始子の呼吸が荒くなり、彼女はベッドサイドのテーブルにあった水のグラスを掴んで、私に向かって投げつけた。
「出ていって!あなたの顔なんて見たくない!」
グラスは私の頭上をかすめ、壁に当たって砕け散った。
しかし、金属製のピルケースが私の額を直撃した。鋭い痛みが走り、生温かい液体が頬を伝って流れ落ちる。
「血が……」
東野十川は少し慌てた様子だったが、私の傷を見に来ることはなく、温水始子を宥め続けた。
「始子、落ち着いて、大丈夫だから」
彼は彼女に優しく語りかけ、ポケットから小さな薬瓶を取り出すと、一粒の薬を彼女に手渡した。
「ほら、薬を飲んで。心臓に負担をかけちゃだめだ」
私はその場に立ち尽くし、額からの血が白い床のタイルに滴り落ち、目に痛いほどの赤い点を作った。
誰も私の傷を気にかけず、誰も痛くないかと尋ねてはくれなかった。
「帰るわ」
私は静かに告げ、病室を後にして背を向けた。
廊下で、看護師が血を流している私を見て、驚いて尋ねてきた。
「お嬢さん、どうされましたか?」
「患者さんに物を投げられました」
私は淡々と答えた。
「それなら処置をしないと。傷は浅くなさそうですよ」
彼女は私を処置室へと案内する。
「縫合が必要かもしれません」
私は黙って彼女についていく。病室のガラス窓越しに、東野十川が温水始子の背中を優しく撫で、薬を飲むよう宥めているのが見えた。かつては私にも同じように優しくしてくれたあの男が、今は全ての愛情を私の姉に注いでいる。
処置室で、看護師が丁寧に私の傷口を洗浄してくれた。
「傷はそれほど深くありませんが、縫合する必要がありますね」
彼女は言った。
「傷跡が残りますよ」
私は頷いた。そんなことはどうでもよかった。
たかが傷跡一つ。心の傷に比べれば、こんなもの何でもない。
看護師が縫合の準備を始めたその時、東野十川がドアを押し開けて入ってきた。
「宮子、大丈夫か?」
彼は尋ねた。その声にはわずかな気遣いが含まれていたが、それ以上に疲労の色が濃かった。
「ええ、平気よ」
私は静かに答える。
「始子はどう?」
「医者が鎮静剤を打って、一時的に落ち着いた」
彼はため息をついた。
「宮子、始子はわざと君を傷つけようとしたわけじゃないんだ。彼女は今、心臓の状態が不安定で、感情的になりやすい」
「分かってる」
私は頷く。
「病人に本気で腹を立てたりしないわ」
東野十川は手を伸ばして私の傷を見ようとしたが、私は無意識に身を避けた。彼の手は宙で止まり、気まずそうに引っ込められた。
「宮子、あの日のホテルの件だけど……」
彼はためらいがちに口を開いた。
「本当に誰かが彼女のところへ行ったなんて知らなかった」
私は彼の言葉を遮る。
「この間、ずっと家の売却で忙しくて、彼女がどこに泊まっているかなんて気にする暇もなかった。ましてや、嫌がらせのために人を送り込むなんてありえないわ」
東野十川は眉をひそめる。
「だが、君が仕組んだとはっきり証言している者がいる。始子に僕を奪われた腹いせに、報復しようとしたんだと」
私は危うく吹き出しそうになった。
「東野十川、あなたは私がそんな方法で報復するような人間だと思うの?もし本当に報復したいなら、あなたの両親に直接、私たちが別れた本当の理由を話すわ」
「宮子、俺たちは別れてない」
彼の口調が、突然確固たるものに変わった。
「ただの冷却期間だ」
私が何か答えようとした時、田中麗が慌ただしくドアを開けて入ってきた。
「十川、大変!始子の心臓にまた異常が!先生があなたを呼んでる!」
東野十川は即座に踵を返し、「待っててくれ」の一言も私に告げることなく走り去っていった。処置室には、私と看護師だけが残された。
看護師は私の縫合を続ける。針が皮膚を貫くチクリとした痛みを感じたが、その痛みは心の中の麻痺した感覚には到底及ばなかった。
「はい、終わりました。一週間後に抜糸に来てくださいね」
看護師はガーゼを貼り、私に薬をいくつか手渡した。
「これは抗生物質です。時間通りに飲んでください」
薬を受け取り、礼を言って処置室を出る。病院の廊下は相変わらず慌ただしかったが、誰も私に気づく者はいなかった。
私を非難したあの眼差しを思い出す。東野十川がためらいなく温水始子の側に立ったことを思い出す。温水始子の、あの哀れを誘う姿を思い出す。
何もかもが、あまりにも馬鹿げていた。
