第2章
退院から三日後、ダンテはマギーをルッソ本邸に連れ帰ってきた。
階段の踊り場から見下ろすと、使用人たちが慌ただしく動き回っているのが見えた。彼らはかつて私たちの主寝室だった場所を、ピンク色の「お姫様の宮殿」へと変えようとしていたのだ。マギーはリビングのソファに座り、男物の大きすぎるシャツを身に纏い、スープの器を大事そうに抱えていた。
「アマンダ……」
階段にいる私を見つけると、彼女は声を上げた。その声は小さく、震えている。
「本当にごめんなさい。私が、私がいなければ、あなたの赤ちゃんはまだ……」
彼女の目に涙が浮かんだ。
私はゆっくりと階段を降りた。その視線は冷たく、揺るぎない。
「本当に申し訳ないと思ってるなら、死ねばいいじゃない?」
ちょうどその時、ダンテが玄関を入ってきた。彼の表情が瞬時に曇る。
「アマンダ! お前はいつからそんな冷酷な女になったんだ? マギーは客だぞ。それに病人なんだ!」
「病人ですって?」
私は笑った。喉の奥で苦々しい音が鳴る。
「私の夫のシャツを着て、私の家に住み着くのが客なの? 私にはただの恥知らずにしか見えないけれど」
マギーの手が震え始めた。スープ皿が手から滑り落ち、熱い液体が私の素足にかかる。
「ああ、どうしよう! ごめんなさい、わざとじゃ――」
彼女は私に手を伸ばそうとしたが、どういうわけか後ろによろめき、コーヒーテーブルの角に激しく額を打ち付けた。
「マギー!」
ダンテは私を突き飛ばし、彼女を抱き寄せた。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
突き飛ばされた勢いで私はよろめき、背中を壁に打ち付けた。腹部に鋭い痛みが走る。
「ダンテ、痛いよぉ……」
マギーは彼の胸に顔を埋めて泣きじゃくった。
「アマンダはきっと、まだ私を恨んでるのよ。いいの、私が出ていくわ。二人の邪魔をしたくないもの」
「どこへも行く必要はない!」
ダンテは私の方を向き、怒りで目を燃え上がらせた。
「出ていくべきなのは、性根の腐った人間の方だ。アマンダ、今すぐマギーに謝れ」
私は腹部に広がる痛みを無視して、ゆっくりと背筋を伸ばした。二人を見つめる私の心にあったのは、嫌悪感だけだった。
「謝れですって?」
私は微笑んだ。
「あなたたちに、謝罪を受ける価値なんてないわ」
私は踵を返し、二階へと歩き出した。一歩進むごとに、憎悪が膨れ上がっていくのを感じながら。
……
「ブルータス! ブルータス!」
翌朝、私は半狂乱で庭を探し回った。ブルータスは亡き父が遺してくれたドーベルマンだ。この忌々しい家で唯一信頼できる相棒であり、子供を失った私にとって唯一の慰めだった。
普段なら、私の声を聞けばすぐに駆け寄ってくるはずなのに。
嫌な予感がよぎった。私は芝生を横切って本邸の裏へと向かい、プールの縁で足を止めた。
水面が、淡い赤色に染まっていた。
ブルータスが水面に浮いている。鼻と口から血を流し、その体はすでに硬直していた。
「いやあっ!」
私は何も考えずに凍えるような水の中へ飛び込み、彼の重い体を引き寄せた。
ずぶ濡れになり、震えながら、私は冷たくなった彼の亡骸を腕に抱いた。
「あら、一体どうしたの?」
背後からマギーの声が漂ってきた。ローブを羽織った彼女は、あの白々しい無垢な表情を浮かべて立っていた。
「あなたね」
私は勢いよく振り向いた。目は血走っていた。
「あなたが殺したのね」
マギーは身を乗り出し、声を潜めた。
「ええ、そうよ。あの野獣、昨日の夜ずっと私に吠えてたんだもの。うるさくて眠れなかったから、特別なものを食べさせてあげたの」
私は彼女に飛びかかり、その喉元へ手を伸ばした。
「殺してやる!」
「助けて! 殺されるわ!」
マギーは即座に悲鳴を上げた。
ダンテと部下たちが駆けつけてきた。彼は惨状を一目見るなり、迷いなく私の頬を叩いた。
私は後ろに倒れ込み、ブルータスの死体の横に転がった。口の中に血の味が広がる。
「一体何をしてるんだ!」
ダンテはマギーを背に庇い、まるでゴミを見るような目で私を見下ろした。
「気が狂ったのか?」
「あいつがブルータスを殺したのよ……私の犬を殺したの!」
私は彼女を指差し、涙を流しながら訴えた。
「たかが犬だろう!」
ダンテは怒鳴った。
「マギーは昨夜噛まれそうになったと言っていたぞ! 家族を守るために危険な動物を処分して何が悪い? 犬一匹のために殺人を犯すつもりか?」
「たかが犬、ですって?」
私は笑い出した。
「ダンテ、あなたにとってあの子はただの交渉材料で、私の犬はただの動物。じゃあ、私は何? 私もあなたが飼っているただの犬なの?」
彼の瞳に何かが揺らいだ。迷いか、あるいは罪悪感か。だが、彼のプライドがそれを認めさせなかった。
「馬鹿馬鹿しい! その死体を片付けろ。庭を汚すな。アマンダ、お前は部屋に戻って頭を冷やせ。自分のしたことが分かるまで出てくるな」
警備員たちがブルータスの死体を引きずっていく。私は抵抗しなかった。ただ見送るだけだった。ダンテ・ルッソに対して抱いていた愛情の残滓は、私の犬と共にあのプールの底へと沈んでいった。
私は呆然としたまま屋敷に戻った。部屋に入り、引き出しから離婚届を取り出す。ここ数日の間に用意していたものだ。
深呼吸をして、ダンテの書斎へ向かった。
彼はソファで書類に目を通していた。顔には疲労の色が濃い。私がドアを開けると、彼は顔を上げ、眉をひそめた。
「アマンダ、今度は何だ?」
私は答えなかった。ただ歩み寄り、目の前のコーヒーテーブルに離婚届を置いた。
彼は視線を落とす。その表情が石のように強張った。
「一体何のつもりだ?」
「サインして、ダンテ」
私の声は不気味なほど落ち着いていた。
「離婚しましょう」
彼は弾かれたように立ち上がり、書類が散らばった。
「正気か!? アマンダ、警告しておくが、離婚なんて脅しは通用しないぞ!」
私は彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。
「脅しじゃないわ。本気よ」
彼は一瞬沈黙し、冷ややかに笑った。
「俺が信じるとでも? 俺なしでどこへ行くつもりだ? アマンダ、世間知らずもいい加減にしろ」
彼は私を抱き寄せようとするかのように両手を広げて近づいてきたが、私はそれを突き放した。
「マギーが子供を産んだら、彼女は追い出す」
彼は聞き分けのない子供をあやすように声を和らげた。
「アマンダ、離婚はしない。俺たちでまた子供を作ればいいだろう」
私は彼の目を凝視した。
「ダンテ。書類に、サインして」
彼の堪忍袋の緒が切れた。彼は背を向け、ドアへと大股で歩き出した。
「あり得ないな」
ドアが乱暴に閉められた。私は空っぽの書斎に一人取り残され、心の中が空洞になったように感じていた。
翌朝、私はマギーの部屋のドアをノックした。
彼女がドアを開ける。驚きが顔をかすめたが、すぐに勝ち誇ったような笑みに変わった。
「あらあら、アマンダ。また怒鳴り込んできたの?」
彼女はドア枠に寄りかかり、片手を膨らんだお腹に添えて、自信をみなぎらせていた。
私は表情を崩さずに言った。
「あなたと取引がしたいの」
彼女は片眉を上げた。
「どんな取引?」
「ルッソ夫人になりたくない? ダンテに離婚届へサインさせて。そうすれば私は出ていくわ。その座はあなたのものよ」
