第2章 欠けている五官
何かを蹴り飛ばしたい衝動に駆られたが、振り返ると、周りにいた加藤紹輝たちはもういなくなっており、首吊り死体があった木しか見えない。長谷川寂はぐっと堪え、地上の小石を蹴りつけることしかできなかった。
古川局長は本当にコネ入りの奴を寄越してきたのか。これじゃあ、どうやって事件を解決しろって言うんだ?
特別捜査班という場所は、こういう年の若い、経験もなく、見るからにひ弱で、細い腕に細い脚で、少しの苦労も耐えられそうにないタイプが一番厄介なのだ。
しかも法医学者だ。もし検死で少しでもミスがあれば、俺たちの捜査方針まで変わってしまう。
時には無駄骨を折ることにもなりかねない。
長谷川寂にそんな賭けをする勇気はなかった。
佐久本令朝の目が微かにきらめき、その視線は長谷川寂に注がれた。
男は鳥の巣のような頭で、顎には無精髭が生え、目の下には隈ができていた。だが、それでいて情熱的な桃花眼を持っており、一見すると、格別に奥深い。
その顔立ちは精悍で、チンピラのような雰囲気はまったく警察官らしくなかった。
長谷川寂もまた佐久本令朝を値踏みするように見ており、眉間の皺がますます深くなる。「法医学者は小娘には向かん。お前は広報部に行くか、秘書でもやってろ」
法医学者は現場に同行しなければならない。精神的にタフでなければ、死体を見ただけで吐いてしまい、捜査どころではなくなる。
佐久本令朝は眉をひそめ、長谷川寂をじっと見つめて言った。「でしたら、長谷川隊長も警察官には向いていないと思います。現場にそんな格好で来る警察官なんていませんから」
長谷川寂は呆れて笑った。か弱そうに見える小娘が、これほど鋭い口をきくとは。
「それでもお前みたいなのよりはマシだ……」
佐久本令朝は即座に問い返した。「私みたい、とは」
長谷川寂は言葉を選んで言った。「細い腕に細い脚で、手もろくに動かせず、肩で荷も担げない。任務に出たら、俺たちがお前を守らなきゃならなくなる」
佐久本令朝はそっと唇を抿め、穏やかな声で言った。「長谷川隊長、今最も重要なのは検死です。時間が経てば経つほど、得られる有益な手掛かりは少なくなります」
長谷川寂は、自分がこの新入りに説教されているのだと、後になって気づいた。
つまり彼女は、俺が物事の緩急を分かっていないと言いたいのか?
加藤紹輝は二人が一触即発の状態にあるのを見て、慌てて仲裁に入った。「長谷川隊長、佐久本さんは三一九事件にも関わったそうですから、彼女を信じましょう。検死は確かに先延ばしにはできません……」
「そうですよ、兄貴。外には野次馬が大勢います。写真でも流出したら、世論の収拾がつかなくなりますよ」菅原凱捷も慌ててなだめた。
長谷川寂はチッと舌打ちして彼女に道を譲ったが、傍らから突き刺すような視線で様子を窺っている。
加藤紹輝は申し訳なさそうに佐久本令朝に笑いかけた。「気にしないでください。うちの長谷川隊長は悪い人じゃないんです。あなた、本当に検死ができるんですか?」
彼は気まずそうに尋ねた。
佐久本令朝は白衣を羽織り、道具箱を手に木の下へ歩み寄る。木に吊るされた女を見つめ、その白黒はっきりした瞳が微かに揺れた。
まるで凍りついたかのようだ。
長谷川寂は寝間着を整え、眉を顰める。「無理なら帰れ。法医学者なら代わりを頼める」
佐久本令朝はぐっと歯を食いしばり、言った。「背が足りません。まず死体を下ろすのを手伝ってください」
加藤紹輝と菅原凱捷は慌てて手伝いに入り、慎重に作業を進めた。
佐久本令朝はそこでようやく死体の前にしゃがみ込む。その眼差しは氷のように冷たく、感情の起伏は一切なかった。
彼女が初期検案を始めると、誰もが呆気に取られた。
彼女は彼らが想像していた以上にプロフェッショナルだった。
佐久本令朝は判断を下した後、口を開いた。「被害者の眼球は専門の手術器具で摘出されています。身体に目立った外傷はなく、性的暴行の痕跡もありません」
彼女の細く白い指先が、被害者の首にかかった縄に触れる。縄の結び方は奇妙で、活結びになっていた。被害者がもがけばもがくほど、きつく締まる仕組みだ。
そのため、被害者の首には無数の引っ掻き傷があり、滲んだ血が凝固していた。
佐久本令朝は振り返って長谷川寂を見つめ、淡々とした声で告げた。「長谷川隊長、ここが第一発見現場です。犯人は医療関係者である可能性が高く、手口は非常に専門的です」
長谷川寂は沈んだ目で彼女を見つめ、思案した。犯人が毎回被害者の身体から持ち去るものは違う。ならば、次はなんだ?
あるいは、死体は四体だけではなく、まだ発見されていないものがあるのかもしれない。
だが、この四人の被害者の間には何の繋がりもない。
長谷川寂は続けた。「他には?」
「詳しい状況は解剖してみないと分かりません。明日の夜までに、法医報告書をお渡しします」
そう言うと佐久本令朝は立ち上がり、警察官と共に死体を警察署へと運んでいった。
長谷川寂は女の去っていく背中を睨みつけ、チッと舌打ちした。
その時、聞き込みをしていた警官がやってきて、小声で言った。「長谷川隊長、清掃作業員の話では、この森には毎朝早くから高齢者が来て、太極拳などの運動をしているそうです。特に怪しい人物は見たことがなく、今日もいつも通りゴミ拾いに来たら死体を発見した、と」
人が多ければ、足跡の特定は不可能だ。誰もが踏みつける可能性があるし、多くの手掛かりも消されてしまっているかもしれない。
長谷川寂は佐久本令朝の言葉を思い出し、重々しい声で命じた。「公園に頻繁に出入りする者の中に医療スタッフがいないか調べろ」
「犯人は偽装がうまい。どんな些細なことでも見逃すな」
長谷川寂は自分の服に目を落とし、ふと尋ねた。「この格好、そんなにだらしないか?」
警官は呆気に取られ、上から下まで見回した。まさか上司の服装について面と向かって何か言えるとでも?
長谷川寂は現場を封鎖させた。手掛かりが少なすぎる。彼らはすぐに警察署へ引き返した。
服を着替えて出てくると、彼は険しい眼差しで、冷たく言い放った。「もう一ヶ月も経つのに、犯人に関する手掛かりが一つもない。お前ら、一体何をやっているんだ?」
被害者の身元は徹底的に洗い出したが、結局、被害者と犯人との繋がりは見つけられなかった。
特別捜査班の全員が瞬時に静まり返り、おどおどしている。
菅原凱捷はもともと臆病なため、さらに深く頭を垂れ、何かをぶつぶつと呟いたが、大声で何かを言う勇気はない。
周防墨のキーボードを打つ手も一瞬止まった。
彼は時々、これが犯罪組織の仕業ではないかと考える。でなければ、どうして毎回監視カメラを避けたり、あるいは監視カメラが故障しているタイミングを狙って犯行に及んだりできるのか。
長谷川寂は事件ボードの前まで歩み寄る。そこにはびっしりと資料が書き込まれていた。彼は目を細め、フンと鼻を鳴らした。「被害者の身元は判明したのか?」
場は静まり返り、皆が顔を見合わせている。
加藤紹輝が菅原凱捷に「調べてないのか?」という視線を送る。
菅原凱捷は周防墨に視線を移すが、男は何も言わない。
長谷川寂は苛立たしげに机を指で叩き、その眼差しはますます冷たくなっていく。こめかみがズキズキと痛む。その時、ふと、柔らかな声が聞こえた。
「被害者の名は古川惜之、二十五歳。ダンサーで、単色ダンスクラブに勤務。現在は独身で、ご両親は他県におり、まだ連絡は取れていません」
そう言いながら、佐久本令朝が数枚の資料を抱えて入ってきて、長谷川寂に手渡した。
長谷川寂の胸に燃え盛っていた怒りの炎が、彼女によって不思議と鎮められていく。
長谷川寂が目を落とすと、一枚目の紙には、見知らぬ、しかしどこか見覚えのある似顔絵があった。
似顔絵の女には口がなかったが、その顔のパーツは、奇妙にも死体が失った部分と一致していた。
