第4章
一族の宴が開かれている大広間には、この街の政財界を牛耳る名士たちがこぞって顔を揃えていた。これは単なる誕生日の祝いではない。一族の未来における権力図、その分水嶺となる儀式なのだ。
恵司は白一色で誂えたスーツに身を包み、人の輪の中心に立っていた。まるで戴冠を待つきらびやかな王子のように、笑顔で賛辞を浴びている。
「恵司君、おめでとう。今夜を境に、君が一族のトップというわけだ」
「よしてください」
恵司は口では謙遜してみせるが、その瞳は得意満面に輝いている。
「すべては寧音の意思次第ですから」
美沙希もまたあの白いドレスを纏い、少し離れた場所に佇んでいる。二人は周囲を憚ることもなく、ねっとりとした視線を絡ませ合っていた。
私は父の腕に手を添え、二階の踊り場に姿を現した。
その瞬間、会場は水を打ったように静まり返る。
身体を包むのは、漆黒のベルベットドレス。特注のブラックダイヤモンドが、照明を弾いて冷ややかに煌めく。唇には深紅のルージュ。表情はあくまで冷淡に。それはさながら、誇り高きブラックスワンだ。
階段下の陰には、黒い警備服姿の赤山が沈黙を守ったまま控えている。この華やかな場にあっても、彼は一瞬たりとも警戒を解いていない。
儀式が始まる。
父が短い開会の辞を述べ、私にマイクを手渡す。
「皆様」
私の声が、スピーカーを通して会場の隅々まで響き渡る。
「本日は私の二十二歳の誕生日であり、同時に、私が生涯の伴侶を選び取る日であります」
壇下では、恵司が蝶ネクタイを直し、背筋を伸ばしていた。その顔には自信に満ちた笑みが張り付き、今にも私の呼び声に応えようと半歩踏み出している。
人混みの中の美沙希は、期待に目を輝かせて私を見上げていた――私が、彼女の張り巡らせた罠に自ら飛び込むのを心待ちにしているのだ。
「ご存知の通り、私と土屋恵司は幼い頃より共に育ってきました」
私がゆっくりと告げると、恵司の笑みはいっそう深くなった。彼は周囲に軽く手を振り、すでに勝利を確信した勝者の振る舞いを見せる。
「ですが」
私は声音を一変させる。
「共に育ったからといって、生涯を共にするとは限りません。とりわけ、その絆がもはや腐臭を放つほどに腐りきっている場合は」
会場がどよめいた。
恵司の笑顔が張り付いたまま凍りつく。踏み出した足は、気まずそうに宙を彷徨った。
「寧音、何を言っているんだ?」
信じられないといった面持ちで、彼は私を見上げる。
「冗談はやめてくれ、こんな場所で……」
「冗談?」
私は階段を一歩ずつ下りていく。ハイヒールが大理石を叩く乾いた音が、静寂に響く。
そして、一直線に彼の目の前へと歩み寄った。
彼は反射的に手を伸ばし、私にすがろうとする。
「寧音、僕の何がいけなかったんだ? 話ならあとで二人きりで……」
私は氷のような視線で彼を射抜く。
「恵司。あなたと美沙希の不潔な所業を、私が知らないとでも思っていたの? 私が何も知らない馬鹿で、あなたたちの思い通りに操れる人形だとでも?」
恵司の顔から血の気が引いた。美沙希に至っては、恐怖に震えて人混みの影へと縮こまっている。
「恩を仇で返すような裏切り者は、我が一族には不要よ」
衆人環視の中で、彼の尊厳を粉々に砕く言葉を叩きつける。
そして私は身体を翻し、彼の横をすり抜けた。
まるで、生ゴミの袋でも捨て去るかのように。
私が向かったのは、ずっと片隅の影に潜んでいた男のもとだ。
近づいてくる私を見て、赤山の目が見開かれる。驚愕と狼狽。彼は思わず後ずさりしようとした。
「動かないで」
私は静かに、けれど絶対的な響きで命じた。
赤山が硬直する。
私は彼の目の前に立ち、耳に装着されたインカムに手を伸ばすと、それを取り外して床に放り捨てた。
そして、数百もの視線が突き刺さる中で、無数のマメで覆われたその無骨な手を取った。
彼の手は震えており、掌には冷や汗が滲んでいる。
「中宮お嬢様……」
彼は掠れた声で、怯えるように呟いた。
「このようなことは、掟に……」
「私の言葉こそが、掟よ」
私は振り返り、繋いだ手を高く掲げた。顔面蒼白の恵司、恐怖に引きつる美沙希、そして野次馬根性で成り行きを見守るすべての人々に向けて。
この瞬間、かつてないほどの快感が胸を満たす。前世で味わった屈辱、苦痛、悔恨――それらすべてが、煙のように霧散していく。
私は高らかに宣言した。
「私、中宮寧音は、一族唯一の継承者として宣言します。私が選んだ夫は――」
私は小首を傾げて赤山を見上げ、瞳いっぱいに笑みを浮かべた。
「赤山敦司」
