第1章
沙良視点
北原の太陽が、容赦なく桜井家の牧場を焼いていた。ロデオアリーナは、満員の観客の熱気でむせ返り、割れんばかりの歓声が耳をつんざく。
私はアラビア種の牝馬に跨っていたが、その蹄が砂塵を蹴り上げるたびに、胸の奥で苛立ちが燻るのを感じていた。昨夜の光景が、まるで焼き付いたように脳裏から離れない。父と、私の婚約者である白石朗が、私たちの結婚式の日取りを、まるで商談のように淡々と話し合っていたあの冷酷な時間。
「この政略結婚、クソくらえだ!」
私は心の中で叫んだ。一体、あの人たちにとって私は何なのだ?ただのビジネスの駒か?牧場の未来を繋ぐための、道具に過ぎないのか?灼熱の太陽の下、私の心は凍てついていた。
「沙良、集中しろ!」サイドラインから健太コーチの怒声が飛ぶ。「マスコミが見てるぞ!」
マスコミ? 鼻で笑う。当然だ。あの支配欲の塊である朗が、私が自分の所有物だと全世界に知らしめたくてうずうずしているのだから。
一瞬、気を取られたその隙に、愛馬が甲高いいななきと共に突如として立ち上がり、前脚で空を掻いた!
「くそっ!」
バランスを崩した私は鞍から激しく落下し、視界がぐるぐると回る。地面に叩きつけられる寸前、頑丈な体が飛び込んできて、力強い腕が私を捕らえた。
「大丈夫です!」
とっさに彼のシャツを掴むと、手のひらに高鳴る心臓の鼓動が伝わってきた。だが、馬の後ろ脚が彼の脇腹に鈍い音を立ててめり込む。彼は苦痛に呻き、口の端から血が滲んだ。
「離さないで!」私は恐怖に叫んだ。
そして、すべてが闇に包まれた。
暗闇の中、記憶が津波のように押し寄せてきた。
雨に濡れた夜。高速道路の眩いヘッドライト。耳をつんざくような、金属がねじれる轟音。
「沙良……愛してる……」和也は私をその体で庇い、彼の温かい血が私の顔に飛び散った。
私たちは結婚して三年、互いに敬意を払い、距離を保っていた。それが愛の形なのだと思っていた。葬儀の後、彼の遺品を見つけるまでは――
色褪せた写真。手書きの詩。十年間、秘められ続けた献身。
『彼女は北原で最も輝く星。俺は塵に埋もれた影に過ぎない。されど影とて、光の温もりに触れたいと願うものだ……』
十年! 十年もよ! 彼は十年もの間、誰にも知られず私を愛していたなんて!
高校時代、彼がうちの牧場でアルバイトをしていた頃から……書かれた詩の一篇一篇が、抑えつけられた彼の想いを物語る血のにじむような証だった!
どうして一度も言ってくれなかったの? どうしてそんなに深く、愛を隠していたの?
涙がこぼれ落ちるより早く、私ははっと目を見開いた。
私を見つめ返してきたのは、一対の深いブラウンの瞳――若く、澄んでいて、心配の色に満ちていた。その顔は……。
マジで!!!なんてこと! これは二十二歳の本田和也じゃない!
「お嬢様、大丈夫ですか?」彼は心からの心配を込めて尋ねた。
「こんな……こんなこと、ありえない……」私は衝撃に囁いた。
生まれ変わった! 本当に生まれ変わったんだ!
* * *
牧場の医務室で、ツンと鼻を突く消毒液の匂いが私を完全に覚醒させた。
生まれ変わったという奇跡を飲み込む前に、朗がドアを突き破って入ってきた。
「沙良、死ぬほど心配したよ!」彼は私のベッドサイドに駆け寄り、手を伸ばしてきた。「知らせを聞いてすぐに来たんだ。怪我はないかい?」
その偽善的な顔を見て、前世の怒りが燃え上がった。このクソ野郎!
私は反射的に手を引いた。
朗は固まり、それから心配を装って尋ねた。「どうしたんだい? まだ動揺してるのか?」彼は部屋を見渡した。「誰かが助けてくれたと聞いたが? どこにいる? きちんと礼を言わないと」
あの悲惨な結婚生活を思い出すたび、胃の腑から込み上げる吐き気に襲われる。白石朗、北原の石油業界で最年少にして、その名を轟かせた大富豪。世間は彼を「紳士」と称えるが、その仮面の下には、人の魂を貪り食らう悪魔が潜んでいることを、私は骨身に染みて知っている。
彼は、巧妙な手口で桜井家の石油王国を組織的に蝕み、崩壊へと導いた。そして、用済みとなった私を、何の感情も持たないかのように、無慈悲に切り捨てたのだ。
もし和也が、あの決定的な瞬間に私を助けて家業を取り戻させてくれなかったら……。
私の視線は部屋の隅へと移った。
和也はそこに静かに立っていた。清潔なシャツに着替えていたが、怪我をした肋骨のせいで呼吸が苦しそうだ。顔色は死人のように青白い。
彼が痛みに耐えているのがわかった。前世の記憶が教えてくれる、この男は、決して折れないプライドを持っている。
朗は私の視線を追い、表情を曇らせた。そして、高価な革財布から分厚い札束を取り出し、和也に突きつけた。
和也はこわばった様子で首を横に振った。「必要ありません」
朗は鼻で笑い、札束を和也の足元に投げつけた。
「受け取れよ、お前が稼いだ金だ。俺のフィアンセを助けたんだ。ご褒美だと思え」
和也の顎が瞬時に食いしばられ、拳がゆっくりと固く握られていくのが見えた。だが彼は何も言わず、金には一瞥もくれなかった。
「あなたの施しは必要ありません、白石さん」
そう言うと、彼は背を向けてドアへと大股に歩き出した。
「待って!」私は朗の制止を無視してベッドから飛び降り、外へと駆け出した。
夕日が空を深紅に染める中、私は駐車エリアへと続く砂利道で和也に追いついた。
彼のシルエットは夕焼けを背に、傷ついた桜のように高く、誇り高く立っていた。
「本田和也!」私は彼の名前を呼んだ。
彼は立ち止まったが、振り返らなかった。その広い肩が、痛みでわずかに震えている。
「何かご用ですか、桜井さん?」彼の声には疲労が滲んでいた。
私は彼の前に回り込んだ。その瞬間、胸の奥で千の感情が激流のように渦巻いた。前世で積み重ねた後悔の念、この新たな生で目覚めた衝撃、そして何よりも、この男が私に向けてくれた献身に対する、途方もない感謝、それらすべてが、絡み合い、せめぎ合っていた。
彼がゆっくりと振り向いた。その瞳は、まるで深淵を覗き込むかのように複雑な色をしていた。遠く、私を警戒しているようにも見えたが、その奥底には、見覚えのある、あの渇望の痕跡が確かに宿っていた。それはまるで、過去の記憶が、一瞬、現代に蘇ったかのような錯覚を私に与えた。
「命の恩人に、ちゃんとお礼をさせて」私は微笑みながら言った。
そして、後先を考えずに、つま先立ちになり、彼の頬に柔らかいキスを落とした。
和也は雷に打たれたかのように飛びのき、日に焼けた顔が深紅に染まり、呼吸は乱れ、荒くなった。
「桜......桜井さん……何を……」
私は一歩近づき、二人の間の距離を詰めた。
「それがあなたの本当のご褒美よ」私は微笑んだ。「本当の、ね」
