第3章

沙良視点

本田和也の馬鹿!

乗馬の稽古を約束してくれたのに、あの馬鹿は「急な牧場の仕事が入った」なんて馬鹿げた言い訳をでっち上げて、すっかり姿を消してしまったのだ!しぬ!

「今日のお前はどうしたんだ? まるで檻の中の豹だな」父が書類から顔を上げ、私を見て眉をひそめた。

「別に」私は苛立ちを無理やり飲み込んだ。

「そういえば、境界で問題が起きた」父は机の上の地図を指さした。「牛が数頭、狼に襲われた。巡回隊を送ろうかと考えている」

私の目は輝いた。絶好の機会だ!

「私に確認させていただけませんか? 桜井家の跡取りとして、こういうことも理解しておくべきです」

「危険すぎる」父はきっぱりと断った。「それに、お前は若い娘だ……」

「案内人をつければいいじゃないですか! 私を助けてくれたあの本田さん。彼は牧場をよく知っています」

父は考え込んだ。「うん……信用できるのか?」

「命がけで私を助けてくれました」私は感謝に満ちた表情を作って見せる。「それに、境界の調査は正当な仕事です」

ついに父は、渋々ながらも同意してくれた。

* * *

厩舎で和也が黒馬にブラシをかけているのを見つけた。彼は私の姿に気づくと目に見えて体をこわばらせ、ブラシを落としそうになった。

「何か御用でしょうか、桜井さん?」彼は距離を保とうと、私の目を見ようともしない。

この馬鹿!まだ逃げ続けられるとでも思っているのか。

「境界の確認に付き合ってもらいます。狼が出たと聞きました」私はわざと一歩近づき、彼が慌てて後ずさるのを楽しんだ。「私一人では危険なことくらい、あなたも分かっているでしょう」

彼は反射的に後ずさり、それから無理やり足を止めた。

「桜井さん、私は……もっと経験豊富な者を……」

「断るのですか?」私は片眉を上げた。「それとも、私を護衛するのが面倒だと?」

「いえ!」彼は慌てて説明した。「ただ、私は……」

「何をです?」私はさらに詰め寄った。「私があなたの護衛に値しないとでも?」

彼は言葉に詰まった。「いえ、そういう意味では……」

「では問題ありませんね」私はわざとため息をついて、立ち去るふりをした。「結構です、一人で行きますから。ただ境界を確認するだけです」

「待ってください!」和也が心配そうな顔で呼び止めた。「一人で行くなんて! 危険すぎます!」

私は満足感を隠し、無関心を装う。「それが何か? 恐怖心で仕事ができないなんて、ありえませんから」

彼は苦しげに目を閉じ、心の中で葛藤しているようだった。

「桜井さん……」彼の声はかすれていた。「もしご一緒するなら、約束していただけませんか……その……あなたが……」

「私が何をです?」私はもっと近づいた。「あなたに近づかないこと? 話しかけないこと? あなたを見ないこと?」

彼の顔が真っ赤に染まった。「わ、私は、そういう意味では……」

「では、どういう意味だったのですか?」

一分ほどの沈黙の後、私は彼の内なる戦いを見守った。やがて、彼は歯を食いしばった。

「……分かりました。ですが、天気予報では、今日の午後は雷雨になるとのことです。危険かもしれません」

「ますます経験豊富な案内人が必要ですね」私は微笑んで彼の腕をぽんと叩いた。「心配しないで、きっと大丈夫ですから」

* * *

夕方までに、私たちは馬を走らせて牧場の境界までやってきた。

太陽は、名残を惜しむかのように、ゆっくりと西の丘の向こうへと身を沈めていく。その光は、地平線にたなびく雲々を、燃え盛る炎のような緋色に染め上げた。息をのむほどの壮麗な光景。

しかし、その燃えるような美しさの遥か彼方、空の端には、漆黒の嵐雲が不気味な塊となって集結しつつあった。

「嵐の接近が早い」和也が不安そうに空を見上げた。「引き返すべきです」

「先にあの辺りを確認しましょう」私はさらに先を指さした。「あそこに境界の見張り小屋があったはずです。本当に嵐になったら、そこで避難できます」

「桜井さん……」彼は奇妙な表情で私の方を向いた。「まさか、これを計画していたのでは?」

私は罪悪感から彼の視線を避けた。「考えすぎです。ただ念入りに確認しているだけ」

頭上で雷が轟いた。

数分のうちに、先ほどまで遠くに見えていた黒い雲は、まるで巨大な津波のように押し寄せ、瞬く間に空の大部分を飲み込んだ。

その漆黒の塊は、見る間に広がり、わずか数呼吸の間で、夕焼けの残滓を完全に消し去り、地上から光を奪い去った。空は、鉛色の重い蓋をされたかのように、一瞬にして暗闇に沈んだ。

「くそっ!」和也が悪態をついた。「今すぐ行くぞ!」

最初の一滴が私の顔を打ち、続いて二滴、三滴……。

たちまち、雨は滝のように降り注いだ。私たちは背後で雷鳴が轟く中、見張り小屋へと馬を駆った。

小屋に着く頃には、私たちはびしょ濡れになっていた。

和也が木の扉を押し開けると、中は暗闇だった。小屋は簡素な作りで――シングルベッドが二つ、石造りの暖炉、そして最低限の物資があるだけだった。

「どうやら今夜はここに泊まるしかないようですね」私は密かに胸を躍らせながら、ため息をついて見せた。

「火を起こすために乾いた薪を探してきます」彼は扉に向かおうとした。

「だめ!」私は彼の腕を掴んだ。その電気的な接触に、私たち二人は凍りついた。「雷が危険すぎます」

彼は私の手に視線を落とし、喉仏をごくりと動かした。「では……中で探します」

やがて、暖炉で暖かい炎が踊り始めた。濡れた服が不快に体に張り付いていたので、私はジャケットのボタンを外し始めた。

「な……何をしているんですか?」和也の声がオクターブ上がった。

「着替えるんです」私は事もなげに言った。「濡れた服のままでは眠れません」

彼はさっと背を向けた。「わ、私は外で待ちます」

「まだ嵐ですよ。雷に打たれたいのですか?」私はボタンを外し続ける。「それに、女性くらい見たことがあるでしょう」

「しかし、あなたは……」彼の声は震えていた。「あなたは桜井さんだ」

「それが何か? こんな状況で、見せかけの礼儀を気にするのですか?」

私は、重く湿ったジャケットを肩から滑り落とした。その瞬間、雨に濡れた白いシャツが肌に吸い付き、私の体の輪郭を隠すことなく露呈させる。薄い生地は、まるで第二の皮膚のように透け、秘められたラインを鮮明に描き出していた。

和也の視線が、一瞬、私の上をさまよった。しかし、それはすぐに、火傷でもしたかのように弾かれ、彼は慌てて顔を背けた。彼の頬は、夕焼けに染まったかのように赤く染まり、その熱がこちらまで伝わってくるようだった。

「実を言うと……」私は暖炉のそばに座った。「あなたもその濡れた服を脱ぐべきです。さもないと肺炎になりますよ」

「私は……大丈夫です」

「和也」私は彼の名をそっと呼んだ。「なぜ私から逃げ続けるのか、教えてくれませんか?」

彼の硬直した背中がわずかに震えた。「逃げてなどいません」

「本当ですか?」私は立ち上がり、ゆっくりと彼に歩み寄った。「ではなぜ、私が現れるたびに口実を作って去っていくのですか?」

「それは……」彼は苦痛に満ちた表情で目を閉じた。「我々が関わりを持つべきではないからです」

「なぜ?」私は彼の背後に回り、その体の熱を感じた。「私が桜井家の人間だから? 婚約者がいるから?」

彼はくるりと振り返った。その瞳は痛みと渇望に満ちていた。「俺が、あんたに相応しくないからだ!」

「誰がそんなことを?」

「誰もがだ!」彼の声はほとんど咆哮に近かった。「俺はただの、何もない田舎者で、そしてあなたは……」

「そして私は何です?」私はさらに近づいた。「私はただ、あなたを理解したいと思っている一人の女です」

空気が凍りついた。

私たちは三十センチも離れていない距離で立っていた。彼の瞳の中の葛藤がはっきりと見て取れた。

「桜井さん……」彼の声は荒々しかった。「あんたは分かってない……そんな風に見つめられると、俺が何をしたいと思うか……」

「ならば、すればいい」私は囁いた。「あなたがしたいことを、すればいい」

彼の瞳孔が開き、呼吸が速くなる。私は彼の防御が少しずつ崩れていくのを見守った。

その時、突然、彼は一歩後ずさり、苦悶の表情で背を向けた。

「だめだ! 俺にはできない!」

彼は扉に向かって駆け出し、打ちのめされるような失望感に襲われた私を、一人そこに残していった。

この朴念仁な馬鹿! なぜいつも肝心な時に逃げ出すのよ!

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