第3章 意図的な疎遠

桐生家の朝食室は、磨き上げられた銀のカトラリーが、朝の柔らかな光を静かに反射していた。

私は機械的にコーヒーをかき混ぜる。けれど心は、目の前の豪勢な食事にはまったく向いていなかった。

あのパーティーの夜、記憶を取り戻してから、すでに三日が経っている。この三日間、私はずっと自分の『戦略』をどう実行に移すかについて考えを巡らせていた。

ふいにスマートフォンの着信音が、静寂を破って鳴り響く。画面には『神崎凛太郎』という名前が表示されていた。私は深く息を吸い込み、通話ボタンに指を滑らせる。

「おはよう、沙耶香」

受話器の向こうから、凛太郎の優しく、耳に心地よい声が聞こえてくる。まるでゲームの中の彼のように、いつも穏やかな響きに満ちている。

「おはようございます、凛太郎様」

私は自分の声が平静で、かつ少しだけよそよそしく聞こえるよう努めて返した。

「今夜、重要なビジネスディナーがあるんだ。君にも付き添ってほしい。宮崎財団の田中専務がいらっしゃる。今回の会談は、僕たち両家の協力にとって、とても重要なんだ」

私の手が、テーブルクロスの下で微かに震えた。ゲームの原作設定では、桐生沙耶香は凛太郎に付き添って様々な社交の場に出席するのが何よりも好きだった。華やかなドレス、煌びやかな宝石、そして人々の羨望の眼差し……それらすべてが、彼女の虚栄心を最高に満たしてくれるものだったからだ。

だが今、私は断らなければならない。

「申し訳ありません、凛太郎様。最近少し体調が優れなくて、今夜はゆっくり休ませていただきたいの」

できるだけ声が弱々しく聞こえるように、そう告げた。

電話の向こうで数秒の沈黙が流れる。その沈黙が、私の心臓の鼓動を不自然に速めた。

「君は……本当に、体調が悪いだけなのかい?」

凛太郎の声には、今まで一度も聞いたことのない、複雑な感情が滲んでいた。

この反応は……おかしい。ゲームの中の神崎凛太郎なら、礼儀正しく理解を示し、優雅に通話を終えるはずだ。彼は決して問い詰めたりしない。ましてや、桐生沙耶香の欠席を気にかけることなどない。

「ええ、もちろんですわ。他に何があるというのです?」

私は無理に軽い口調で答える。

「凛太郎様お一人でも、きっと大丈夫。田中専務も、あなたのビジネスの才能に感服なさるに違いありませんわ」

再び、重たい沈黙が訪れる。

「……わかった。それなら、ゆっくり休んで。何か必要なことがあったら、いつでも言ってくれ」

凛太郎はそう言って、いつもの穏やかな声に戻っていた。

電話を切った後、私はスマートフォンの画面を呆然と見つめていた。さっきのあの違和感は何だったのだろう。なぜ彼は、私が断った本当の理由を問うような素振りを見せたのか。

私は首を振り、余計な考えを振り払うと、アシスタントに連絡を取り、今週の他の予定を次々とキャンセルし始めた。

§

午前十時。私はプライベートオフィスで、すっかり冷めてしまった紅茶を前に座っていた。

アシスタントの山崎百合子が、キャンセルされたスケジュールを困惑した表情で報告している。

「お嬢様、神崎様とのゴルフのご予定をキャンセルされ、午後の美術展もお断りになり、明後日のオークションも……」

百合子は手帳をめくりながら、眉間の皺を深くしていく。

「これらはすべて、お嬢様が普段、最も大切にされているご予定ではございませんか」

私は革張りの椅子に深く身を預け、窓の外に広がる摩天楼を眺めた。

「少し、生活スタイルを変えたいのよ、百合子。いつもパーティーばかりでは、少々……疲れてしまったわ」

「お嬢様、神崎様と何か揉め事でもございましたか?」

百合子が恐る恐る尋ねてくる。

「長年お仕えしてまいりましたが、お嬢様が自ら神崎様とのご予定をキャンセルされるなど、一度も見たことがございません」

私はこの忠実なアシスタントに視線を向けた。大学を卒業してからずっと私の側で働き、私の性格も習慣も知り尽くしている。彼女が困惑するのも無理はない。桐生沙耶香が、愛してやまない婚約者に突然興味を失うなど、誰の目にも異常に映るだろう。

「いいえ、ただ……わたくしたちには少し距離が必要なのかもしれない、と思っただけ」

私は曖昧に言葉を濁した。

「ですが、以前はお嬢様が一番、神崎様とご一緒の時間を楽しまれていたではありませんか」

百合子は手帳を置き、その瞳には心配の色が満ちていた。

「先週は、結婚式のために新しいドレスを準備なさると、あんなに楽しそうに仰っていたのに、今日になって……」

私の心臓が、どきりと跳ねた。そうだ、以前の私はまだ、凛太郎に夢中なだけの桐生沙耶香で、彼との結婚式の光景を夢見ていた……。

「人は変わるものよ、百合子」

私は平静を装って言ったが、心の中は葛藤していた。

「もしかしたら……わたくしはこの関係を、もう一度見つめ直す必要があるのかもしれない」

百合子は何か言いたげに口を開いたが、最終的にはただ頷くだけだった。

「かしこまりました、お嬢様。ですが、何かお力になれることがございましたら、いつでもお申し付けください」

百合子の心配そうな表情を見て、私はふと、運命を変える代償が想像以上に大きいことに気づかされた。

§

午後三時、私は茶室『和雅庵』の門前に立っていた。

ここは都内でも最高級の茶室の一つで、月に一度、名媛たちの茶会がここで開かれる。慣例として、このような伝統的な行事を欠席することはできない。

紫檀の彫刻が施された大門を、静かに押し開ける。

「沙耶香さん、いらっしゃい!」

茶会を主催する佐藤夫人が、にこやかに私を迎えてくれた。

「今日は神崎様もいらっしゃるのよ、私たちの特別ゲストとしてね」

私の足が、ぴたりと止まった。凛太郎様が来る? それは私の予想にはなかった。

茶室にはすでに七、八人の名媛たちが座しており、いずれも東京の上流社会における重要人物だ。私は礼儀正しく皆に挨拶をすると、入り口から最も遠い席を選んで腰を下ろした。

「沙耶香さん、今日はどうしてそんなに遠くにお座りになるの?」

令嬢の一人である田中美雪が、不思議そうに尋ねてくる。

「神崎様がいらしたら、お二人は隣に座るんじゃなかったの?」

「少し違う角度から、お点前を拝見したくて」

私は淡々と答えた。

茶会が始まろうとしたその時、入り口から静かな足音が聞こえた。顔を上げずとも、凛太郎が来たとわかった。

「皆様、こんにちは」

凛太郎の声は、春風のように優しく、潤っていた。

私はそっと視線を上げてみた。彼はダークグレーの手縫いのスーツをまとい、月白色のネクタイを締め、その全身から優雅な貴族の気品を放っている。このような凛太郎は、確かにゲームのあの完璧なヒーローそのものだ。

「神崎様、どうぞこちらへ」

佐藤夫人が席へと案内する。

凛太郎は礼儀正しく頷くと、ごく自然に茶室内を見回した。そして、隅に座る私を見つけた時、その瞳に一瞬、驚きのような色がよぎった。

茶道のお点前が始まった。私は一心不乱に一つ一つの所作を行う。手を清め、茶釜を温め、茶を点て、湯を注ぐ……すべての手順を一分の隙もなくこなしていく。

「沙耶香、君の茶道の腕前は、また上達したようだね」

ふいに、凛太郎が口を開いた。

私は顔を上げず、手元の所作を続けたまま答える。

「お褒めに預かり光栄ですわ」

短い言葉は礼儀正しいが、どこかよそよそしい。

茶室の空気が、途端に微妙なものに変わった。何人かの名媛たちが、意味ありげな視線を交わしている。

「沙耶香さん、今日はずいぶん冷たいわね」

田中美雪が隣の友人に小声で話すのが聞こえる。

「喧嘩でもなさったのかしら、お若い方たちですものね……」

別の名媛が囁き返す。

凛太郎の視線を感じるが、私は自分に彼を見ないよう強いた。ただひたすらに手元の所作をこなし、まるで彼の存在が私に何の影響も与えないかのように振る舞った。

「沙耶香、君は……」

凛太郎が再び口を開く。その声には、明らかな躊躇いが混じっていた。

だが、それでも私は顔を上げて応じなかった。

茶会は、この奇妙な雰囲気の中で続いていった。私は終始、礼儀正しくもよそよそしい態度を保ち、普段の、自ら凛太郎の気を引こうとする桐生沙耶香とはまるで別人のようだった。

§

茶会が終わり、私は一人で茶室の外の庭園に出た。

一本の桜の木の下に立ち、茶室の窓格子を通して室内の様子を窺う。凛太郎はまだ中にいて、何人かの名媛たちと優雅に談笑している。

彼の一挙手一投足、一つ一つの表情は完璧で、まるでゲームの設定そのものだ。物腰柔らかで、知性に溢れ、立ち居振る舞いは洗練されている……まさに理想の男性の化身。

「本当に完璧な人……ゲームの中と同じ……」

私は心の中で静かに呟いた。

なぜだろう、そんな凛太郎を見ていると、私の心に複雑な感情が湧き上がってくる。前世でゲームをプレイしていた時の、このキャラクターへの好意のせいか、それとも転生後のこの身体が持つ、本能的な感情の反応なのか……。

『駄目! 情に流されては!』

私は力いっぱい首を振り、ゲームでの悲惨な結末を無理やり思い起こす。

『彼から距離を置かなければ!』

その時だった。私は気づいてしまった。

凛太郎が、誰も自分に注意を払っていないと思った瞬間、その完璧な顔に、ある深い感情がよぎるのを。その複雑な面持ちは、決してゲームの中の神崎凛太郎が見せるはずのないものだった。

ゲームの凛太郎は、常に完璧で、穏やかで、あのような……喪失感? 困惑? それとも何か別の感情を、決して見せることはなかった。

「彼の眼差し……どうして、ゲームの中と違うの?」

私は心の中で訝しんだ。

思考に沈んでいると、聞き慣れた機械的な声が脳内に響いた。

『宿主の感情の揺らぎを検知。宿主は余計な思考をしないよう警告します』

システムがまた現れた。

私は深く息を吸い、夕陽が沈んでいく空を見上げた。凛太郎にどんな秘密があろうと、私の計画を変えるわけにはいかない。

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