第1章

音楽ホールの照明が煌々と輝いている。私は客席の三列目に座り、無意識のうちにスカートの裾を強く握りしめていた。

ステージ上の笹川文乃は純白のドレスを身に纏い、すらりと伸びた指が黒と白の鍵盤の上を舞っている。ピアノの音色は流水のように溢れ出し、ホール全体が彼女の作り出す幻想的な雰囲気に包まれていた。

「文乃、本当にすごいわね」

隣に座るルームメイトが小声で感嘆をもらす。

私は頷いたが、視線はどうしてもステージに集中できなかった。

最後の音が消え入り、潮が満ちるような拍手が湧き起こる。

その時だった。音楽ホールの後方の扉が突然開き、一筋の光が差し込んだのは。

黒のスーツを着た男が巨大な花束を抱えて入ってくる。その姿は、スポットライトの下でひときわ目を引いた。

私の呼吸が、一瞬止まった。

堀江夏風。

「わあ! 夏風先輩だ!」

「文乃に花を届けに来たんだ!」

周囲の学生たちが興奮して囁き合い、誰かが「ハグして! ハグして!」と囃し立て始めた。

私は堀江夏風がステージに上がり、花束を文乃に手渡すのを見ていた。彼女は花を受け取り、満面の笑みを咲かせる。

そして、全員の歓声の中、二人は抱き合った。

「紫苑、知らなかったでしょ?」

ルームメイトが興奮気味に身を乗り出してくる。

「文乃に彼氏ができたのよ! あの堀江夏風先輩、経済学部の優等生で、すっごく紳士的で優しいんだって!」

紳士的で、優しい。

私は曖昧に笑い、「そう、優しそうね」と調子を合わせた。

それはそうだろう。私が丸三年の月日を費やし、まるで芸術品を彫り上げるかのように……あの理性的で冷淡、情緒の欠片もなかった堀江夏風を、今のロマンチックで気配りのできる完璧な彼氏へと改造したのだから。

優しくないわけがない。

そして今、彼は私が教えたすべてのテクニックを、別の人に使っている。

笹川文乃のために。

彼の初恋の人のために。

ルームメイトはまだ雀のようにさえずっている。

「夏風先輩、お祝いのパーティーまで準備したらしいわよ! そこで出すお菓子も全部彼の手作りなんだって。本当にマメよねえ、私にもあんないい彼氏ができればいいのに!」

私は席を立ちたかったが、ルームメイトに腕を掴まれた。

「私たちも後でお菓子、食べに行こうよ!」

祝いの席の片隅で、私とルームメイトは、堀江夏風が文乃にお茶を淹れる様子を眺めていた。

その動作はあまりに熟練していて、あまりに優しい。

まず湯加減を確かめ、カップの三分の二まで静かに注ぎ、渡すときは指で底を軽く支える。

それらもすべて、私が教えたことだ。

ルームメイトが私の口にスイーツを押し込んだ。

馴染みのある味が舌の上で溶ける。

配合、火加減、甘さ。すべて私が彼に教えたものと寸分違わなかった。

認めるわ。彼は確かに優秀な生徒だった。その気になれば、何だってすぐに覚えるのだ。

人が多くて空気が澱んできたため、私は息苦しさを感じてテラスへ涼みに出ようと立ち上がった。その時、ついに彼が私に気づいた。

彼の口元の笑みが凍りつき、文乃に渡そうとしていたお菓子が空中で止まる。

文乃は不思議そうに彼を見つめ、それから私を見て尋ねた。

「お知り合い?」

堀江夏風はすぐに我に返り、早口で答えた。

「いいや、知らない」

そこで文乃が私を彼に紹介した。

「私のルームメイトの、栗原紫苑よ」

私は彼に向かって頷き、礼儀正しく微笑んでみせた。

「はじめまして、よろしくお願いします」

彼はきっと考えているはずだ。私も「戻って」きているのかどうか、と。

なぜなら、私たちの最初の出会いは、この時期ではなかったから。

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テラスの扉を開けると、冷たい夜風が頬を打った。私は深く息を吸い込み、頭を冷やそうと試みる。

私は短く、私たちが付き合っていた三年間を回想した。

前の人生で、私は文乃の演奏会には行かなかった。だから文乃の彼氏が彼だとは知らなかったし、彼も私が文乃のルームメイトだとは知らなかった。

彼と文乃が付き合っていた期間、私たちには何の接点もなかったのだ。

その後、私たちが付き合うようになってから、彼には忘れられない初恋の人がいることを知った。別れた原因は、初恋の彼女が彼を「頼りがいがない」「ロマンチックじゃない」「恋愛において折れることを知らない」と感じたからだということも。

私は気にしなかった。初恋というのはいつだって美化されるものだし、忘れられないのは当然のことだと思っていたから。

だが、付き合って三周年の記念日の前日。荷物を整理していた私は、偶然彼の秘密を見つけてしまった。

彼は文乃との思い出の品を数多く保管していた。その中の一枚の写真の裏に、彼の手書きでこう書かれていたのだ。

『人生は投資のようなものだ。最適なエントリーポイントに戻る必要がある』

インクは新しく、最近書かれたもののようだった。

私が彼に電話をかけた時、向こうから優雅なピアノの音色が聞こえてきた。

その瞬間、私は悟った。彼は過去に戻りたがっている。だから文乃に会いに行ったのだ、と。

家を出るまで、私はずっと茫然としていた。彼は過去に戻れるかもしれないけれど、私の過去はどうやって取り戻せばいいのだろう?

そして私は交差点で車にはねられ——次に目を開けた時、大学の寮のベッドに寝ていた。

私は重生したのだ。

けれど、戻ってきたのは私一人だけではなかったらしい。

テラスのガラス越しに、堀江夏風が中腰になり、疲れた様子の文乃の腕をマッサージしているのが見えた。

彼の話し声は少し小さかった。

それでも、私にははっきりと聞こえた。

彼はこう言ったのだ。

「今度は君を悲しませたりなんて、絶対にしない」

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