第2章 宴会での反撃
私の笑みに、レヴィが気づいた。
「なんで笑う?」
顎を掴む手にぐっと力がこもる。声には露骨な疑念と苛立ちが滲んでいた。
「ナタリー、その顔は何だ」
私が、彼の薄っぺらい余裕をいちばん静かな声で引き裂こうとした、その瞬間——彼のスマホが先に震えた。
発信者はきっとリリアン。確信できる。
レヴィは私を放り出すみたいに手を離し、スマホを掴むと背を向けたまま寝室続きのテラスへ大股で出ていく。振り返りもしない。
ガラス戸の向こう。防音が効いていて、聞こえるのは何もない。見えるのは横顔と、口元に浮かぶ柔らかな笑みだけ。
私はその場から動けなかった。顎にはまだ指の痕みたいな痛みが残っているのに、胸の内は氷みたいに冷え切って、ぽつんと取り残される。
ほら。彼はもう、隠す必要すらない。
リリアンから一本電話が来るだけで、レヴィは全部を後回しにする。
数分して戻ってくると、彼は扉を押し開けて言った。
「ルクセンブルクの提携に問題が出た。今すぐ向こうへ飛ばないと」
言いながら、クローゼットからスーツの上着を雑に引っ張り出す。
「お前……」
一瞬だけ言い淀み、複雑な視線が私に落ちた。何か言いかけて、結局、硬い声で切り捨てる。
「家にいろ」
家?
ここは一度だって、私の家じゃない。
それでも分かっている。離婚には時間がかかる。あの署名させた離婚協議書は、絶対に露見させられない。
何より——母親の金が、まだ私の口座に入っていない。
耐えるしかない。もう少しだけ、従順な妻を演じる。
翌朝、スマホが鳴った。
レヴィの、あの気高い母親から。
「ナタリー」
受話口越しの声は相変わらず優雅で、相変わらず冷たい。上から品定めする響き。
「今すぐ私の屋敷へいらっしゃい。離婚協議の細部を詰める必要があるわ」
質問じゃない。命令だけを投げ、通話はそこで切れた。
車を走らせ、見慣れた屋敷へ向かう。すると車道の両側には高級車がずらりと並び、使用人たちが庭で忙しく立ち回っていた。
——今日はパーティーだ。
そして、見えた。
大きな窓辺に立つレヴィ。スーツ姿で背筋を伸ばし、シャンパンを手にしている。
その隣に、昨日ベントレーにいた女——リリアンがぴたりと寄り添い、見上げて何か囁き、甘く笑っていた。
レヴィは軽く耳を傾け、口元に淡い笑みを浮かべる。その弧が、私には眩暈がするほど刺々しい。
つまり昨夜、彼はルクセンブルクへなんて行っていない。行ったのは、リリアンのベッドだ。
私は迷わず、まっすぐ彼らへ歩いた。
先に気づいたのはレヴィだった。笑みが一瞬で固まり、眉がきつく寄る。
リリアンも視線を追って私を見て、わざとらしく彼の腕をさらに強く抱いた。
「出張、ずいぶん早く終わったのね、レヴィ」
声は落ち着いている。けれど周囲の耳が拾えるよう、はっきり言う。
「あなた、ルクセンブルクにいるはずじゃなかった? なのに今ここで、窓辺に立ってる」
レヴィの顔はさらに陰った。反論できるわけがない。
そこへ、氷の刃みたいな声が割り込んだ。
「ナタリー」
母親が優雅に近づいてくる。銀灰のドレス。不機嫌は正確に私だけへ向けられていた。
彼女はリリアンの腕を親しげに取り、リリアンへ振り向くと声だけ柔らげる。
「リリアン、ごめんなさいね。驚かせてしまって。こちらはナタリー、会社の——プロジェクトマネージャーよ」
妻だとは一言も言わない。
理解した。
今日ここへ呼ばれたのは、離婚の細部を詰めるためじゃない。リリアンが私の代わりになるのを見せつけ、私に消えろと言うためだ。
私は反射的にレヴィを見る。昔なら、こんな時こそ彼は私の手を取って世界に言った。
——彼女は俺の妻だ、と。
でも今、彼は沈黙した。その沈黙の刃は、どんな侮辱より深く抉る。
そのとき、身なりの整った女が二人、絶妙なタイミングで現れた。
レヴィの従妹のマルシアと、叔母のクラウディア。
マルシアが口元を隠し、甲高く嘲る。
「まあ、ナタリーも来たの? 家のパーティーに出られるなんて、あなたにとっては目が開く経験でしょうね。だって身分が低いもの」
クラウディアは憐れむ顔で言う。
「あなた、レヴィの会社のプロジェクトマネージャーなんですって? ナタリー、誰かが与えてくれた席は、長くは続かないのよ。本当に必要なのは実力ですもの」
この二人はずっと私と敵対し、飽きもせず同じ手口で貶めてくる。私が無力に黙る姿を見るのが大好物。
——けれど今回は、笑えた。冷たく、鋭く。
彼女たちの筋書きから、もう外れている。
私は微笑み、彼女たちの自信が揺らぐのを眺めてから、口を開く。
「マルシア、面白い話を聞いたの」
マルシアを見据える。
「あなたのご主人、秘書とずいぶん親密らしいわね。子どもまでできたとか。男の子? 不思議ね」
大勢の目の前で家庭の醜聞を突きつけられ、マルシアの顔色がさっと真っ白になった。
次にクラウディアへ向く。
「それから、クラウディア。あなたのご主人の会社、三ヶ月前に破産申請したわよね? 債権者が相当強引だって聞いたわ。今週もう二度も家に来たとか。乱暴だった?」
クラウディアの体がはっきり震えた。
「な……なんで知ってるの!? あなた、秘密を嗅ぎ回る泥棒よ!」
プロジェクトマネージャーの私は、彼らが秘密だと思っていることを簡単に掴める。今まで言わなかったのは体裁のため。
でも今は、もうどうでもいい。
私はクラウディアを無視し、目線をレヴィの上をかすめて、リリアンへ固定した。
彼女はまだレヴィの腕にしがみついている。
私は少し近づき、声を落とす。親密さを装いながら、近くの人には聞こえる程度に。
「ねえ、あなた。レヴィが『面倒を見てやる』って言ってたけど、体調がそんなに悪いの?」
首を傾げ、わざと伸ばす。
「ねえ。ベントレーの後部座席って、激しい運動には向かないのよ。狭いから、ちょっと動くだけで車体が揺れる。路肩で、私——はっきり見たわ」
低い笑いが、周囲の客の間にじわりと広がった。意味が伝わったのだ。
リリアンの顔がかっと赤く染まる。
「あなた……!」
「もういい!」
レヴィがリリアンを振り払い、私の手首を掴んだ。痛みで眉が寄るほど強い。
怒りで目が沸き立っている。そこに、私が見たことのない——みっともないほどの焦りが混じっていた。
「全部壊したいのか? 黙れ。来い、外へ」
