第7話

里香の視点

S市に戻って数日働いたあと、匿名メールが届いた。

添付を開く。――写真には、蓮が和也と手を繋ぎ、反対の手で寧々と繋いで、歯を見せて笑っていた。背景は派手な遊園地。陽射しが眩しい。

和也は薄いグレーのポロシャツ姿で、普段のスーツ姿よりずっとくだけている。口元が緩んだその表情は、私はほとんど見たことがない。寧々は優しく笑い、蓮の玩具を抱えている。蓮は満面の笑みだ。

――仲の良い三人家族。

私はその写真を長く見つめ、画面を閉じてスマホを伏せた。小さく笑う。

いい。みんな、明るい未来へ。

――

数日後、私は正式にO市へ戻った。

プロジェクトは重要局面だ。集中が要る。

研究員たちとパラメータを議論していると、受付のアシスタントが困った顔で来た。

「白石さん。外に石川という女性がいらして。水原グループの代表だと」

ペン先が止まる。目の奥に冷えが走った。

「続けて。私が行く」

――

応接室。寧々がソファに座っていた。ベージュのスーツ、完璧なメイク。髪が頬に落ち、得体の知れない落ち着きを払っている。

私を見るとすぐ立ち、職業的な笑みを浮かべた。

「里香、お忙しいところ失礼します」

私は向かいに座り、端的に言った。

「用件は?」

彼女は書類を取り出し、私の前へ押し出す。

「水原グループは貴研究室への投資を再評価し、リスクとリターンが現行の投資方針に合わないと判断しました」

温和な声。

「よって、資金支援を正式に撤回いたします。関連条項と手続きも同封しております」

私はその書類に触れず、彼女を見た。口元が僅かに上がる。

「和也の指示?」

視線が揺れたが、すぐ整える。

「会社としての正式決定です。水原社長から権限を委任され、私が対応しております」

「通知到達日をもって、研究室は水原グループ資金で購入した設備と材料の使用を直ちに停止してください」

さらに言葉を重ねる。

「もちろん、もし研究室が困難に陥るようでしたら、里香はいつでも水原社長と私にご相談ください。状況に応じて――相談して対処を」

私と和也と、彼女で「相談」。

笑いそうになった。

身を少し乗り出し、瞳を真っ直ぐ捉える。

「寧々。言い終わった?」

居心地悪そうに頷く。

「大体は……細部は書類に……」

「じゃあ次は私」

遮った。

「第一に、撤資は投資契約にある違約条項に従って執行して。違約金は一円も欠けさせない」

寧々の笑みが引きつる。

「第二に、設備の使用権。最初の投資は八億、そのうち約五億が設備購入に充てられた。――二週間前、私は弁護士を通して、その五億を全額、グループ口座へ返金済み」

寧々の表情が固まった。

「……返金?」

反射的に食い下がり、バッグの持ち手をきつく握りしめる。

「そんなはず……」

和也の秘書が、大口の送金を知らない?

「来る前に帳簿確認しなかったの?」

私は淡く眉を上げる。

「それとも、水原社長が伝え忘れた?」

彼女は言葉を失った。

私が狼狽するのを見に来たのだろう。だが五億はもう清算済み。

「あと」

ソファに背を預け、平然と言う。

「研究室の資金は十分。運営も順調。心配は不要。用がないならお引き取りを。ここは制限区域。関係者以外は立ち入り禁止」

最後の言葉を、はっきり噛んだ。

「……っ」

寧々は立ち上がり、顔を歪める。

「里香、調子に乗らないことね。水原グループの後ろ盾なしで、こんな小さな研究室がいつまで持つ?」

書類を掴んで出ていった。

これで終わりだと思った。

だが夕方、悠が駆け込んでくる。

「水原グループの社長が来た。君に会いたいって」

和也。

苛立ちが込み上げたが、白衣を脱いで応接室へ向かった。

扉を開けると、和也が沈んだ顔でソファに座り、寧々が横に立っている。

――案の定だ。

私を見るなり、和也は切り込んだ。

「その金はどこから出た」

五年の結婚で、私が短期間に五億を用意できないことは分かっている。

「あなたに関係ある?」

言い捨てた。

「ある」

指の関節が白い。

「法的にはまだ俺の妻だ。お前の行動は水原グループの評判に繋がる」

要するに、金の出どころが汚いのではないかと確認しに来たのだ。自分の名義に泥がつくのが嫌なだけ。

そのとき、廊下から澄んだ男の声。

「里香。電話に出ないから死んだかと思った」

和也が弾かれたように振り向く。

応接室の入口に、背の高い男が立っていた。三十二、三十三くらい。彫りの深い顔、太いフレームのサングラス。気配は堂々としている。両手をポケットに入れ、だるそうに室内を一瞥し、嘲るように口角を上げた。

「里香、大丈夫か?」

男は和也を無視して私のところへ来る。

当然のように隣へ立ち、広い手のひらが自然に私の肩へ落ち、軽く引き寄せた。

和也は私の肩の手を凝視した。顎が固く、噛み潰しそうだ。冷淡だった瞳は、五年の間に一度も見たことがない――陰鬱で、剥き出しの所有欲の怒りに塗り替わっている。

「誰だ」

低く、危険な声。

一歩踏み出し、私の顔を睨んだ。

私が言うより早く、寧々が息を呑み、信じられないという顔で私を見る。

「里香……和也がここにいるのに……」

言外の意味は明白だ。

和也が歯を食いしばって吐く。

「急に強気になったと思えば、もう男がいたか。俺が気づかなかっただけで、お前はそんなに――恥知らずだったんだな」

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