第107章

 人は幸せな時、大抵のことは見過ごせるものだ。いちいち心に留めたりはしない。けれど、ひとたび自分が不幸だと感じた瞬間、かつては気にもしなかった些細な出来事が、堰を切ったように胸に押し寄せてくることがある。

 今の私が、まさにそれだ。

 以前は坂下直樹の両親のことを「まあ、悪くない人たちだ」くらいに思っていた。けれど今この瞬間、過去の点と点を繋ぎ合わせてみると、彼らが私に優しかったことなんて一度もなかった気がする。私が彼らに尽くしても、彼らはそれを嫁として当然の義務だと考えていたのだ。

 それに、あいつらは娘のさくらに対しても、いい顔なんてしていなかったじゃないか。

 だから私は、もう...

ログインして続きを読む