第130章

階段を駆け下りると、ちょうど電話中の伊藤香織が目に入った。手ぶらの私を見て不審に思ったのか、通話しながらも視線で問いかけてくる。私はそれを無視して彼女の車に乗り込み、置き忘れていた携帯電話をひっつかんだ。案の定、父から夥しい数の着信が入っていた。

 慌てて折り返すと、受話器の向こうから父の怒声が響いてきた。連絡がつかない焦りから、私を怒鳴りつけたのだ。母さんのことで気が動転しているのは痛いほど分かる。私は努めて冷静に父をなだめ、すぐに其方へ向かうと伝えた。

 事情を話すと、香織は二つ返事で車を出してくれた。

 病院に到着した時、母はまだ手術室の中だった。父はまるで魂の抜けた抜け殻のよう...

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