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 彼はそのまま電話を切りました。私は眉をひそめ、手元のスマホをしばらく見つめていました。坂下直樹が戻ってくれば、また不愉快な思いをさせられるのは分かっています。それでも、彼に会わないわけにはいきません。何しろ、私たちの離婚手続きはまだ終わっていないのですから。

 彼を待つ間、伊藤香織はキッチンから包丁を一本引っぱり出して腰に差しました。私は彼女に向かってグッと親指を立てました。

 戻ってきた坂下直樹は、興奮したような顔をしていました。しかし、伊藤香織の姿を目にした途端、その表情から露骨に喜びが消え失せました。彼も分かっているのでしょう。伊藤香織がいる限り、自分の思い通りには事が運ばないと...

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