第3章

早乙女珠妃が顔を上げると、ホールにはいつの間にか車椅子に乗った男がいた。

男の肌は白く、表情は冷ややかで、見下ろすような視線からは圧倒的な威圧感が漂っている。

天宮徳臣!

早乙女珠妃は、彼が自分を早乙女楽己と勘違いしていることを悟った。

彼女が口を開いて説明しようとするよりも早く、天宮徳臣が突然うめき声を上げて頭を押さえ、大粒の汗が額から滴り落ちた。

早乙女珠妃は驚いて両手を挙げ、一歩後退する。

「ちょっと、私は何もしてないわよ」

まさか当たり屋?

天宮徳臣は頭を針で刺されるような激痛に襲われ、感覚のないはずの両足も、蟻に噛まれるような痛みに苛まれていた。

彼は歯を食いしばり、充血した目で睨みつけながら、辛うじて言葉を絞り出した。

「薬を!」

「何?」

早乙女珠妃が首を伸ばして一歩近づいた瞬間、天宮徳臣に腕を強く掴まれた。

「薬だと言っている!」

腕を掴む手は骨まで凍るほど冷たく、早乙女珠妃はようやく彼の異常に気づいた。

彼女は天宮徳臣の脈に触れたが、脈拍は乱れ、明らかに異常な鼓動を打っている。

「どうしてこんなに酷いの?」

問いかけた時には、車椅子の男はすでに目を閉じ、意識を失っていた。

事態は急を要する。早乙女珠妃は迷うことなく、手持ちのバッグを開けて銀針のセットを取り出し、天宮徳臣の頭部に向かって針を打ち込んだ。

ガシャン! 背後で茶碗が割れる音がし、続いて使用人の悲鳴が上がった。

「誰か! 誰か来て! 大若様が倒れられたわ!」

悲鳴と共に、天宮家の次男である天宮北斗とその妻の土井千影が、天宮大奥様を支えながら慌てふためいて二階から降りてきた。

「徳臣! 徳臣、これは……どういうことだい?」

天宮大奥様は天宮徳臣の頭に刺さった無数の銀針を見て、震える声で早乙女珠妃を怒鳴りつけた。

「やめなさい! お前は何者だ!」

傍らの使用人が慌てて注進する。

「大奥様、こちらは早乙女家のお嬢様です」

「馬鹿げている!」

天宮大奥様は手にした金絲楠木の杖を床に突き立て、怒りを露わにした。

「何をしているんだ! 早く、早くこの女を引き離しなさい!」

「引き離せ、引き離せ!」

天宮北斗が背後の使用人たちに手を振る。

「早くしろ!」

「死なせたくないなら、手を出さないで」

早乙女珠妃は顔も上げず、手元の処置を続けた。

一同は彼女の言葉に一瞬凍りついたが、我に返った天宮大奥様が周囲を見渡した。

「医者は? 医者は呼んだのかい?」

「母さん、母さん落ち着いて。医者はすぐに来ますから」

天宮北斗はそう言いながら、後ろを振り返って急かした。

「お前たち、まだか! 早く呼んでこい!」

「来ました、来ました! 坂東院長がいらっしゃいました!」

人垣が割れて道ができ、白髪の坂東院長が飛び込んできた。彼は針鼠のようになった天宮徳臣を見て、絶句した。

ちょうどその時、早乙女珠妃が最後の一本の銀針を打ち終え、体を起こした。

「一刻を争う状況でしたので、やむを得ず先に針を打たせていただきました」

「診察もできんくせに、勝手に針など使いおって! 言っておくがな、もし徳臣に万が一のことがあれば、早乙女家ごと破産させてやるからな!」天宮北斗が睨みつける。

早乙女珠妃は冷ややかな視線を天宮北斗に向けた。

「使えるかどうかは、医術の分かる方が判断することです」

「小娘が、いい度胸だ。覚えておけよ!」

天宮北斗は鼻で笑い、坂東院長に向き直った。

「先生、徳臣の容態を診てやってください」

室内は静まり返り、全員の視線が坂東院長に注がれた。

坂東院長は脈から手を離し、立ち上がって天宮徳臣の頭部を仔細に観察し始めた。そして百会のツボに刺さった銀針を見た瞬間、目を大きく見開いた。

「このツボは人体の陽気が集まる場所。力加減を心得ている者は少ない」

そう言って早乙女珠妃を振り返り、感嘆の声を上げた。

「お嬢さん、これほどの銀針の腕前とは、実に稀に見る才能だ」

そして天宮大奥様に笑顔を向けた。

「大奥様、ご安心ください。このお嬢さんの医術は、老いぼれの私よりも上です。天宮殿は助かりますよ」

天宮大奥様「それは本当かえ?」

坂東院長は頷いた。

「もちろんですとも」

そして百会のツボを指差した。

「このツボは非常に特殊で、一歩間違えば命に関わります。これほど正確に捉えるとは、幼少より医術を学ばれたのでしょう。一体どなたに師事されたのですかな?」

「買い被りすぎです。暇つぶしに医学書を数冊読んだだけですから」

彼女が本当のことを言おうとしないので、坂東院長も無理には聞かなかった。

「大奥様、ご安心を。この様子なら、若様はすぐに目を覚まされます」

坂東院長は天宮グループ傘下の病院が高給で招聘した院長であり、その腕は確かだ。天宮大奥様は彼の言葉を信じた。

しかし、やはり心配は尽きない。

「徳臣は発作のたびに自傷してしまうのだが、今回は……」

「ご心配には及びません」

坂東院長は百会のツボを指した。

「このツボは陽気を高め脱力を防ぎ、頭痛を和らげる効果があります。若様は今回、間違いなく無事です」

その言葉を聞いて、大奥様はようやく安堵の息をついた。

「若様を寝室へお運びして」

そう言って坂東院長に礼を述べた。

坂東院長は頷き、早乙女珠妃に向き直って名刺を差し出した。

「お嬢さん、お時間がある時にでも、若様の病状について議論させていただきたいものですな」

早乙女珠妃は名刺を受け取り、丁重にバッグにしまった。

「ええ、必ず」

「よしよし!」

坂東院長は慈愛に満ちた目で早乙女珠妃を一瞥し、ようやく辞去した。

この時、天宮大奥様は早乙女珠妃を見つめ、見れば見るほど気に入っていた。

この娘は本当に徳臣の福の神かもしれない。やはり厄払いの効果はあったのだ。

彼女は早乙女珠妃の腕に手を伸ばした。

「さあ、おばあちゃんと一緒に徳臣の様子を見に行こう」

早乙女珠妃は驚いた。この老婦人の態度の変わりようは早すぎる。だが、素直に従って二階へとついて行った。

背後では、天宮北斗が信じられないといった顔をしていた。

「へえ、本当に医術ができるのか? まぐれ当たりじゃないのか?」

土井千影が彼の腕を強くつねり、鋭い声で言った。

「さっさとついて行って様子を見なさいよ」

「痛っ!」天宮北斗はつねられた場所を押さえ、息を吸い込んだ。「お前、手加減なしかよ」

「あなたが言ったんじゃない。早乙女家の娘は胸が大きいだけの能無しで、娶っても花瓶にしかならないって。もし本当に治してしまったら、ただじゃおかないからね!」

「冤罪だ! 俺はちゃんと調査したんだぞ。どこで医術なんて覚えてきたんだか」

天宮北斗は大袈裟に嘆いた。「でも安心しろ、徳臣の体は知っての通りだ。長年名医に見せても治らなかったんだ、小娘一人に何ができる」

土井千影は睨みつけた。「後で覚えてなさいよ!」

そう言って二階へと上がっていく。取り残された天宮北斗も慌てて後を追った。

部屋の中では、天宮徳臣が静かに横たわっていた。天宮大奥様はその様子を見て安堵の表情を浮かべる。

慈愛に満ちた視線を早乙女珠妃に向けた。

「ありがとうね。徳臣があの発作の後にこれほど安らかに眠れるなんて初めてのことだよ。全部お前のおかげだ」

そう言うと、天宮大奥様は早乙女珠妃の手を引いて寝室を出た。「天宮家に来たからには、ここを自分の家だと思って、必要なものがあれば何でも言っておくれ」

駆けつけた土井千影は、天宮大奥様が早乙女珠妃に親しげにするのを見て、釘を刺した。

「お義母様、早乙女家への結納金、まだ全額は渡しておりませんわよ」

その言葉に、室内の空気が一瞬にして凍りついた。

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