第3章

「お母さん、あの車、私たちを抜かそうとしてる!」

だけど、追い越そうとはしていなかった。まるで歪んだゲームでもしているかのように、お母さんが前に出ようとするとスピードを上げ、後ろに下がろうとするとスピードを落とす。私たちを虫けらのように弄んでいる。

殺される。本気で私たちを殺す気だ。

「なんなの、あいつら!」

お母さんの声は恐怖で張り詰め、ハンドルを握る指の関節は白くなっていた。

黒い車が突然、こちらに向かって進路を変えてきた。お母さんは衝突を避けるため、ハンドルを右に大きく切らなければならなかった。

私たちは、まっすぐ木々に向かって突っ込んでいく。

「しっかり掴まって、雫!」

世界が一瞬だけ静寂に包まれた。そして次の瞬間、すべてが捻じ曲がった金属と砕け散るガラス、そして激痛に変わった。

意識を取り戻したとき、お母さんはハンドルに突っ伏していた。額から血が流れていたけれど、目は開いていた。生きている。

よかった、生きてる。きっと大丈夫だ。

「お母さん!」

私は彼女の肩をそっと揺さぶった。

「お母さん、助けを呼ばなきゃ!」

彼女の視線が私を捉えたけれど、その瞳はひどく疲れていた。とても遠くを見ているようだった。

「雫」と、かろうじて聞き取れるほどの声で彼女は囁いた。

「あいつらに負けちゃだめ。あなたは、特別な子になるんだから」

いやだ。いや、そんなこと言わないで。お母さんは大丈夫だから。

でも、彼女の手を握り、起きていてと懇願している間にも、お母さんが私から滑り落ちていくのが感じられた。

目を覚ますと、私は病院のベッドにいて、人生最悪の頭痛に襲われていた。隣には警察官が座っていて、居心地が悪そうな顔をしていた。

「夏川さん?森と申します。事故について、覚えていることを話していただけますか?」

事故。その言葉が、腹を殴られたような衝撃となって私を襲った。

「事故なんかじゃありません」

私は泣きじゃくって枯れた声で言った。

「あの車には黒井唄が乗ってたんです。わざと私たちを道路から追い出したんです」

森警官は疑わしげな顔をした。

「相手の車の運転手は、あなたのお母さんがコントロールを失ったとき、ただ追い越そうとしていただけだと証言していますが」

もちろん、そう言うに決まってる。

「そんなの嘘です!」

私の声は裏返った。

「あいつらは私たちを弄んで、進路を妨害してきて――」

「夏川さん」

彼は優しく遮った。

「あなたは頭に怪我を負っています。時として、トラウマは出来事の記憶に影響を与えることがあるんですよ」

信じてない。黒井唄が言った通りだ――誰も私のことなんて信じてくれない。

私がそれ以上反論する前に、高価なスーツを着た男が入ってきた。完璧に整えられた髪型から金の腕時計まで、彼のすべてが金持ちだと叫んでいた。

「森警官?私は黒井家の弁護士です。この件は、関係者全員のために、内密に処理させていただきたい」

警官の態度ががらりと変わるのを私は見ていた。途端に、彼の態度は恭しくなった。

金がものを言う。こんな場所で、こんな時でさえ。

「夏川さん、黒井家は深い哀悼の意を表し、あなたの損失に対する補償を提供したいとのことです」

弁護士は私のベッドサイドのテーブルに小切手を置いた。お母さんと私が一生かかっても見たことのないような大金だった。

「これで全ての費用を賄い、あなたの将来の助けになるはずです」

彼は滑らかに言った。

「これ以上この件を追及することが、お互いにとってさらなる痛みを引き起こすだけだということには、ご理解いただけると確信しております」

彼らは私のお母さんを殺しておいて、今度は金で解決しようとしている。

でも、私にどんな選択肢があっただろう?私はまだ十六歳で、身寄りもなく、誰もがこれを黒井唄とは無関係な、ただの悲劇的な事故として片付けようとしていた。

お母さんは逝ってしまった。本当にいなくなってしまって、私にはもう何もできない。

お葬式はこぢんまりと、静かに行われた。私と、お母さんの職場の人たちが数人、それにあのアパートに住む隣人たちが何人か。私は黒井家のお金で一番安い棺を買ったけれど、その金に触れるだけで吐き気がした。

血塗られた金。その一円一円が。

「この度は、ご愁傷様です」

涙越しに見上げると、そこには黒井唄が立っていた。彼女が着ている黒いドレスは、たぶん私の母の葬儀費用全部よりも高価だろう。彼女の目にも涙が浮かんでいた――完璧な、写真映えする涙が。

もちろん、彼女のすぐ後ろには高橋千尋がいて、スマートフォンを構えている。

「あなたのお母さん、とても優しい方だったわ」

黒井唄はそう言って、私に触れようと手を伸ばしてきた。

私は彼女からあまりに速く身を引いたので、危うく転びそうになった。

「なれなれしく触らないで」

「辛いのはわかるわ」

彼女は、周りのみんなに聞こえるくらい大きな声で言った。

「でも、私があなたの力になりたいってこと、知っておいてほしいの。私たちみんなが、ね」

私たちみんなが、ですって。まるで何週間も私の人生をめちゃくちゃにしてこなかったみたいに。まるで、私の母親を殺したばかりじゃないみたいに。

もう無理だ。こんなところに立って、彼女が心配しているふりをするのを見てなんていられない。

でも、そうするしかなかった。もし私が騒ぎ立てて、彼女を告発したとして、誰が信じてくれる?警察でさえ信じてくれなかったのに。

二時間後、私はSNSの投稿を見た。お葬式で、いかにも悲しそうな顔をした黒井唄の写真に、こんなキャプションが添えられていた。

「時には、辛くても人のためにそばにいてあげなきゃいけない。夏川さん、安らかに眠ってください#優しくなろう #悲しみ #友情」

すでに百件以上の「いいね」がついていた。

彼女は、私のお母さんの死をSNSでの人気取りに使っている。

その夜、私は空っぽになったトレーラーハウスの床に座っていた。周りには段ボール箱が積まれ、お母さんのバニラの香水の匂いが微かに残っていた。

これが現実。これが、これからの私の人生。たった一人の。

明日には学校に戻って、またあいつら全員と顔を合わせなければならない。視線と、囁き声と、偽りの同情に。彼らが勝ったのだと知りながら。お母さんはもういなくて、私には何もできないのだと知りながら。

スマートフォンが震え、片桐椿からのメッセージが届いた。

「ねえ、ここ数日見かけないけど。まだ一緒にパーティー行きたい?もう二週間後だよ」

プロム。その言葉が、まるで誰か他の人の人生に属しているかのように感じられた。二週間前は、楽しみにしていた。今となっては、母が冷たい土の下に眠っているというのに、幸せなふりをして笑顔で踊るなんて、考えただけで吐き気がした。

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