第114章 心から向き合ったことがない

誰もが思っていた。――田舎から連れ戻された桜井家の“本物の令嬢”など、顔だけの飾りで、中身は空っぽ。ここに立てているのも、運がいいだけだと。

けれど音楽が流れた瞬間、その思い込みはあっさり裏切られた。

桜井結衣のステップは羽のように軽い。

回って、滑って、踏み替える。どの所作も、息を呑むほど端正で、瑕疵がない。

相手の黒崎安秀との呼吸は、驚くほどぴたりと噛み合っていた。初めての共演というより、何度も何度も合わせてきた相棒のそれ。

笑いものにするつもりで向けられていた視線が、いつの間にか、驚嘆と値踏みへ変わっていく。

少し離れた休憩スペース。

黒崎亮二は杖を手に、ダンスフロアの中...

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